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第四幕 五、きみとわたしの虎尾春氷②
「まさかいきなり店外デートしてくれると思わなかったよ。こないだのお詫びに、たっぷり楽しもうなぁ」
タニガワは、庄助の腰をいやらしい手つきで抱くと、門柱にくっついているインターホンを押した。ナイトクラブの裏手の門にしては少し重厚すぎるほどの、背の高い鉄格子がそびえ立っている。
タニガワは、高級そうな生地の薄青のサマースーツで決めている。近づくと、加齢臭をきつい香水で誤魔化しているような、むせ返りそうな男の匂いがした。
ここからは、何かあっても自己責任。誰にも頼れない。捨鉢のようにも思えるこのミッションは、景虎にも国枝にも内緒なのだ。緊張で生唾さえ上手く飲めない。
死ぬ覚悟はできている。
庄助は腹を括っていた、これはある意味カチコミなのだからと。しかし。
「ふぎゃああ……!」
エスコートとばかりに腰を引き寄せられるなり、タイトスカート越しにいきなり尻を揉まれた。
男らしく戦って散る覚悟と、女装した尻を撫で回される屈辱を受ける覚悟は、また別物だ。
心許ないほど軽いサマーツイードのスカート、金色のハーフアップのウィッグを、邪魔っけなフレンチリボンのバレッタで飾っている。女の身に着けるものには、いつまでたっても慣れやしない。ペラペラで防御力がなさすぎる。
「相変わらずいいお尻だね、しょこらちゃん。今日もキレイだ」
耳元にねっとりと吹き込まれて総毛立ったが、庄助は笑みを浮かべる努力をした。
「あ、あはっ、やだあタニガワさん。ここで触るのは……だめっ」
と、尻とタニガワの手のひらの間に、白いボストンバッグを挟み込んでガードした。心を強く持たないと、危うく殴ってしまいそうだ。
「兄貴、連絡いただければ迎えに来ます」
車を運転していた舎弟らしき黒服が、恭しく頭を下げる。
「おう。首尾はこっちで上手くやるから、また後で来てくれや」
などと短く会話すると、黒服は運転席に戻っていった。大きな車体は切り替えを数回した後、狭い路地裏を抜けて夜の闇に、そのボディの黒を溶かした。
負けるわけにはいかない。GPSと気持ちの悪い花が送られてきてから、景虎はずっと暗い顔をしている。傍にいるだけで葬式会場の気分が味わえる体験型パビリオンで生活しているかのようで、辛気臭くて困るのだ。
そもそも家まで追われて、理不尽すぎるねん。
タイガー・リリーかリリー・フランキーか知らんけど、人の家に妙な花を送ってきて、せせら笑ってるようなキショい陰キャに負ける気せん。うまいことやったつもりか? ノーダメじゃ。ボケ、アホ、オタクがよ。
やられっぱなしでいられるものか、打って出るのが男だと、庄助は腹の中に怒りを沸き立たせて、キュートな付け爪のついた拳をきつく握った。
「しょこらちゃんのお願い通り、今日はおクスリの取り引きの現場、見せて上げるよ……」
顔を寄せて囁くタニガワの口から、口臭予防のミント菓子の匂いがするのが、やる気満々に思えて逆に気持ち悪かった。
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