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第四幕 五、きみとわたしの虎尾春氷④
景虎たちは今夜、ここに薬物の取引で現れるはずの、あの辮髪のウーヤという男を待ち伏せて捕らえる予定だ。
静流曰く、ウーヤは売買だけでなく、タイガー・リリーの開発に携わっている可能性が高いという。ああ見えて薬学の研究員だったというから驚きだ。
ヤクザと違い後ろ盾がなくバラバラな彼らを動かすには、なるべく大物を捕らえなくてはいけない。ウーヤが薬の開発に携わっている者だと仮定して、の話だが。しかしそうであれば、この件に関わっている者全てが黙っては居ないだろう。川濱組も、ミズタニも。
「いいのか? ウーヤとかってのは、あんたのスタジオのお得意様なんだろ」
「ふふ。ちょっとええ人やったけど、端から利用する気でおりましたし大丈夫。やっと“役者”が揃うんや。……これは、ミズタニを引きずり出すための一手」
静流がいつになく真面目な声を出したとき、それぞれ片耳に着けたイヤフォンマイクに、雑音とともに化野ののんびりとした声が入ってきた。
《やあ、若き獅子たち。首尾はどうだい? こっちは動きがあったよ》
いちいち持って回った言い方をする男だ、景虎は早くもうんざりしていた。
《裏口に川濱組のベンツが停まって、男女が中に入ってったね。幹部のタニガワと、見たことのない若いレディだ》
「女連れだと? さすが舎弟頭はやることが違うな」
《ヒップのギュッと上がったキュートな女の子だったな。どこかのお店の子かな?》
「ちょっと化野さん。ちゃんとその女の特徴言うてくださいよ、尻とかどうでもいいんで」
静流がからかうように言うと、化野は真剣に言い返してきた。
《いや、あの丸いヒップは立派な特徴だよ。いやらしい意味でなくね。今の若い女性は痩せすぎだ。痩せているだけならまだしも、筋肉がない。無理なダイエットのせいで下半身の脂肪と筋肉が削げて角ばって、将棋盤みたいなヒップになっている女性のまあ多いこと多いこと。それにひきかえさっきのレディは……ああそうだ、特徴はね、肩くらいまでの金髪に、薄い黄色のワンピース、だねえ》
話が長くてうんざりする。最後の部分だけ伝えてくれればいいものを、尻がどうとか無駄すぎる。景虎は疲れた頭脳の中に、最後に触れた庄助の柔らかく締まった尻の感触を思い起こしていた。
はやく会いたい。庄助の身体の深いところに触れたい。待たせたことを謝罪しながら、愛を囁きたい。隣で眠り、鼻づまりの猫みたいな、ぴすぴすという寝息を傍らで聞いていたい。
目まぐるしく環境が変わったことや、連日気を張って過ごしていたツケが回って、心身ともに疲労困憊している。
景虎は自分を苦しめる面倒事に片を付けるべく、化野の指示通りに非常階段の扉の前まで来た。
《ターゲットたちは三階、予約専用のVIPルームで落ち合うはずだよ……内緒話ができそうな個室ってそこしかないからね。三階へは直通のエレベーターか、非常用の階段しか上る方法がない。僕はこれから作業者のふりをして建物の中に入る準備をするよ。遠藤くん、シズくんをよろしく頼む》
失敗したら怪我では済まない作戦なのに、まるでバイトの流れ作業のような説明だ。
階段へ続く防音ドアを開けて外に出ると、温い空気が頬に触れた。
外付けの螺旋階段の踊り場で、数名の外国人男女がタバコを吸っている。こちら側の鉄扉には、様々なイベントのフライヤーが所狭しと貼り付けられている。
静流は外国人たちに、にこやかに手を振ると、素知らぬ振りで階段に足をかけた。背後に立つと、彼の首のサソリが景虎を見つめている。建物内に比べると外は静かで、電子音の残響が耳に痛い。ふと思い立って、景虎は静流に話しかけた。
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