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第四幕 六、ショコラ&エル・ディアブロ④
「思い出したでぇ~……! お前、織原の虎と一緒におった中学生やな」
ずるずると物凄い力で引っ張られる。庄助は抵抗しようと、ソファの脚の部分に食らいついた。
「中学生ちゃうわ!」
「チッ……遠藤のボケ、どこまでもナメくさって……。ちょうどええ、お前をいたぶり殺してから遠藤も殺して、二人同時にミンチにして海に撒いたる……!」
掴まれた足首が、ミシミシと音を立てる。ソファごと引きずられて、庄助はジタバタと暴れた。
「カゲはお前なんかに殺されるタマやないぞ! カゲは変態でアホやけど、かっこええし強いし優し……いや、優しくはないな……とにかく、お前なんかが気安くカゲの名前を出すな!」
何を言っているのだと自分でも思うが、溢れて止まらなかった。今回は景虎も国枝も、庄助がどこでなにをやっているのか把握していないのだ。このあと捕まってボコボコにされて、今度こそ海に捨てられるかもしれない。そう思うと、後悔ばかりが残る。
「そんなに遠藤が好きなんやったら、あの世で仲良くハンバーグになれや……!」
イクラの血走った目が見開かれる。脳震盪が収まったのか、へばっていた彼の大きな上半身に力が戻ってゆく。
カゲの言うところの、愛の力が本当にあるなら、最後に会いたかったな……いや、まだ諦めへんけども。こんなことになるんやったら、前科ついてもええから、さっき瓶でどつき回して殺しておけばよかったんかも。そういう選択肢が咄嗟に出てこんから、俺はヤクザになられへんのかな。
庄助が思ったとき、階下の音楽がかすかに耳に届いた。庄助も知っているような、K-POPのキラーチューンだ。
「うがあ……っ!」
パスッと小気味いい破裂音を立てて、揺らいだ空気を何かが横切る。同時に、足元にいたイクラが悲鳴を上げてのたうち回った。
開け放たれた扉から、誰かが入ってくる足音が地面に響く。庄助は弾かれたようにそちらを見た。花火のような、火薬のにおいがする。
まばゆいほどの逆光だ。部屋の外、廊下のスポットライトの白い光が、角度のせいでまともに目に入ってくる。
三人……? 目を細めながら、庄助は彼らのシルエットを確認する。おそらく全員が男性だと思われるが、異様なのは頭の部分のシルエットだった。人間のカタチをしていない。
頭部に突き出たツノのような物体がある者、頬にあたる部分から嘴 のような突起が飛び出している者など、三者三様に歪な影は、まるで化け物のようだ。
「な、なに……?」
ドアがゆっくりと閉まって、また先ほどのように部屋が薄暗く閉め切られてゆく。音と光が遮られ、彼らの全貌がくっきりと見え始める。
化け物のようなシルエットの正体は、動物のお面だった。
彼らは虎と、兎と、緑色のオウムの面を、それぞれ被っていた。
「誰じゃ、おどれェ……!」
大量の脂汗をかきながら、イクラが声を絞り出した。手で押さえつけている太ももから、血が流れ始めている。
幼児に人気の可愛らしい虎のキャラクターのお面を被った男は、煙の立ちのぼる銃を構えながら、よく知った低い声で言った。
「俺は……しま次郎だ」
あまりのくだらなさに、庄助は身体の力が抜けてしまった。のにも関わらず、くつくつと腹の奥から笑いがこみ上げてくる。状況的にも絶対に笑ってはダメなのに、と思うと余計に我慢できなかった。
発砲による怪我人が出ているのに、いや、むしろ異様な状況だからこそ、感覚がおかしくなって笑えてくるのかもしれない。
「ふざけとんかダボっ! このガキの仲間か? 殺したる」
怒り狂ったイクラは吠え、立ち上がろうと力を込める。銃を向けられているのに、大したタマだ。
「動くな、動くと撃つ。俺は射撃が下手くそだ。下手くそだからいっぱい撃ってもいいように、わざわざここに来ることを選んだんだ」
「ど……どういう理屈じゃ」
「クラブは防音が効いてるだろう? 多少音漏れしても、誰も変に思わないしな。一発で楽に死なせてやれる腕はないぞ。動くな」
しま次郎と名乗る男が大真面目に言ったので、イクラは押し黙った。
「ええぞ! こいつをぶちのめせ、いてまえ! しま次郎~っ!」
庄助はファイティングポーズを取った。会えたことが嬉しくて、愛の力が本当にあったような気がして、テンションが爆発的に上がってしまった。
しま次郎はピタリと動きを止めた。マカロフを構えたまま、庄助の方をゆっくりと首だけを巡らせた。機械人形のような動きだ。
縞の虎の面は、光のない真っ黒な眼で庄助を見据えて言った。
「お前は後でお仕置き」
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