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【番外編】キミのうまれた遠い日に①
八月も終わりの週末の昼下がりのことだ。
大阪に住んでいる元同級生から、電話がかかってきた。先日子供が産まれたと、そう連絡を受けた庄助は咄嗟に、おめでとう! と大げさに声に出したものの、心中はなかなかに複雑だった。
うそやん。結婚ですら俺らの年齢ではまだ早いやろって思うのに、子供? 自分と別の命を育てる?
責任感やばいて。生きる次元が違いすぎて、自分はここで何をしてんねやろって思えてきた。老人ホームに営業に行って、スナックにおしぼり配達して、たまに着ぐるみの中に入って子供と遊んで……もしかして俺って、かなり生産性のない人生送ってる?
庄助は、ワンルームのリビングとキッチンをスマホ片手に入ったり来たりしながら、向こうには見えもしない笑みを貼り付けて、にこにこと相槌を打っている。
何を話したかわからぬまま、おぼつかない手つきで終話ボタンをタップし、ため息を一つ。軽いショックで足がふらついたところを、いつの間にか背後に立っていた忌々しき大男に抱きとめられた。
「誰からの電話だ?」
と、景虎は眉をひそめた。
庄助は知っている。この問いに友達だと返答すると、次は男か女か、どういう関係の友人なのかを尋ねられる。そうやって根掘り葉掘り、放っておくとマントルが見えるまで掘り返されるに違いない。
「高校時代の男友達、ヒロキっていうやつ!」
なので、ピシャリと先んじて断言した。
庄助のその勢いに、景虎は思わず鼻白むが、すぐにムスッとした顔をして、吐き捨てた。
「そのヒロキが今更、庄助に何の用事だ。マルチ商法の勧誘か? 連帯保証人になってほしいとか? 庄助には金も社会的信用もないから、カモにしようとするだけ無駄なのに……」
「お前、全方向に失礼やぞ!」
このような言い草は全て、庄助への強い独占欲からくるものだ。景虎は、愛おしい庄助に絡もうとするほぼすべての命に対して容赦がない。許せるとすれば、庄助をこの世に産み落とした母親くらいだろう。
「そいつ、中学ンときからの彼女と、結婚したらしい。仲いいのは知っとったけど、まさかほんまに結婚して子供作るとは思わんやん」
「そうなのか? 俺だって、その資格があるなら今すぐにでも庄助と結婚したいが……?」
「なっ……!?」
あまりにも迷いなく言われて、庄助は慌てた。ぶわっと毛穴が広がって、こっ恥ずかしさに汗が吹き出てくる。
「結婚すれば正式な契約のもとに、堂々とお前を独占できるんだろ?」
「ア、アホ。恐ろしいこと言うな! じゃなくて、その……出産祝いをやな。ヒロキに贈ろうと思て……ちょうどこの後買い物行くし、ついでに」
景虎の愛情表現は独特だ。あまり冗談を言うタイプではないのは知っているが、どこまで本気にしたらいいのかわからない。
嬉しいような、怖いような、ちょっとキモいような。ツッコミを入れたり流したりはするものの、結局どういうふうに返したら正解なのかがいつもわからなくて、庄助はしどろもどろになってしまう。
気を取り直してソファに座り、さっそくネットで出産祝いの品を調べてみる。
ネットの海には実に様々な意見が溢れていて、上澄みのまとめサイトから蠱毒のようなSNSにまでざっと目を通した庄助は、ソファの上で景虎の膝に頭を乗せて、悶々と悩んでいた。
洋服はどうだろうかと、調べてみれば、赤ちゃんはすぐに大きくなるので、すぐにサイズアウトするから勿体ない。という情報に行き当たる。
じゃあこれは? さらに調べる。おむつケーキなんてものがあるんやな、ええやん! これにしよう。と念のため、ママさんたちの本音サイトのようなものをチラ見する。かさばって邪魔、合わない紙おむつだと肌荒れを起こす。サステナブルにこだわって布おむつを使うご家庭もある。などと書かれてあり、庄助はおむつに関する事象の猥雑さに、うっかり頭がパンクしそうになった。
ほなもう、いっそ赤ちゃんじゃなくて父母へ向けてお菓子の贈り物はどうやろか? 普段買わないような、ちょっとプレミアムなやつだ。いいですね、お母さんのちょっとしたリラックスタイムにもってこいです。しかし油分の多いものは、母乳を詰まらせる恐れがあります。赤ちゃんへの栄養を気にするお母さんはお菓子にもこだわって、オーガニックな……
「あ~~~っもうわからん! 出産祝いて難しすぎる~!」
良いも悪いも本当も嘘も何もかも、すべてが可視化されるネットの意見に、庄助はスマホを投げ捨てた。いつの間にか自然と、隣に座っていたはずの景虎の膝枕に頭を預けていた。
「現金でいいだろ」
そこまで悩むなら。と、景虎は庄助の金髪を撫でる。う~んと横を向くと、丘のように盛り上がった大腿筋から、ずるんとソファの上に滑り落ちた。
「そうかもしらんけどや~……」
「……ふむ、だったら餅は餅屋に聞けばどうだ?」
「モチモチ?」
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