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【番外編】ミーツ・シーオッターズ・ハッピーラブ・ジャーニー①
下着と着替え、充電器に財布と汗ふきシート。バックパックの中は、最低限の荷物だけのはずなのにずっしりと重い。二人分だからかもしれない。
「俺が持つ」
「ええって……別にそんな重たないし」
隣に立つ遠藤景虎 が荷物を奪おうとしてくるのを、早坂庄助 は身体を捻って避けた。車内のわずかな揺れに合わせて身体が傾き、手と手が触れ合った。
「辛くなったらいつでも渡してくれ」
「へいへい、ありがとさん」
庄助の身体に肩紐を合わせたバックパックを、筋肉隆々な景虎がそのまま背負うとちょっとオモロイ。身体の大きな小学生が無理矢理ランドセルを背負っているような、かわいそうな感じになる。しかも顔はこの通りハッとするような美形なのだから、ちぐはぐさが何とも言えない。かと言って景虎の身長に合わせて調整するのも、それはそれでめんどくさいのだ。
「つーか思ったより泊まるとこ空いてるかも! 伊勢海老の味噌汁飲み放題のとこにする?」
「それは、喉が渇きそうだな……」
庄助のスマホを覗き込むふりをして、金色の髪に軽く鼻を埋めた。七時ちょうどの発車に間に合うように走ってきたから、まだ少し汗ばんでいる。
週末、しかも夏休みシーズンの新幹線のぞみの自由席は混んでいて、当然のように座れない。きっと景虎が五分袖シャツの胸元をはだける、あるいは袖を捲るなどして、その芸術品の如き刺青を人々に見せつければ、蜘蛛の子を散らすように席が空くことに違いはなかったが、そこまでして座る必要がない。経由する予定の名古屋駅まで、立ちっぱなしでも一時間半程度のことだ。
二人がここにいる理由は昨夜、テレビで何気なく流れた水族館のCMを見た景虎が、ぽつりと零した一言に端を発する。
「死ぬまでにラッコを見たかった」
それを聞いた庄助は、瞬時に、無性に腹が立った。景虎がしょっちゅう嘆いているので、ラッコが日本の水族館にもう二頭しかいないことは庄助も知っているし、動物好きの景虎からすれば悲しいだろうことは理解できる。だが、ラッコたちが今すぐいなくなるわけでもない、景虎自身もまだ二十代だ。そんな死にかけのジジイみたいな言い方はないだろう。
「そんなもん、その気になったら見に行けるやろがい」
「ふふ、そう思い続けて何年になるだろうな……。きっと俺はこの先も機会を失い続けて、ラッコに会えずに死ぬ。そんな気がしてきた」
景虎はいつになく自虐的な笑みを浮かべた。
あ? 何やこいつしばいたろか、うっとしいのお。
庄助は辛気臭いのが嫌いだ。隣で卑屈にウジウジされるのが、なんか知らんけどめっちゃ腹立つのだ。
日本最後の二頭のラッコは、確かにもう高齢だという。だが、まだ生きている。ラッコも景虎も生きているのに。
「ほなら明日行こ」
「どこにだ」
「ラッコ見に行こ。遠いけど、土日やけど、絶対混んでるけど、行くで。決めたで、早起きすんで」
半ばキレ気味に言うと、庄助は歯磨きをして早々とベッドに潜り込んだのだった。
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