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【番外編】ミーツ・シーオッターズ・ハッピーラブ・ジャーニー②
こうして突如決まった弾丸旅行だったが、朝起きた時にはもう怒りより旅行に行くという楽しみが勝ってしまって、庄助はしっかりはしゃいでいた。
てっきり「眠いからやっぱ行かん」とでも言って二度寝するだろうと決めつけていた景虎は、庄助が自分より早く起きて身支度を始めていたことに驚いた。
すっかり失念していたが、そもそも庄助の行動力は異常なのだ。ヤクザになりたい一心で上京してきて、身元も知らない男と同居する選択をとる人間だ。弾丸旅行を決めるくらい、造作もないことなのかもしれない。
寝ぼけ眼の景虎は、バックパックに荷物を詰めてゆく庄助の手際のよさに圧倒されていた。
一度決断したら、行動までがものすごく早いタイプだ。立ち止まって考える間のないほどの勢いというか。
「泊まるとこあったら泊まって……なかったら頑張って帰ろ! あるやろ、どっかには」
……むしろ行き当たりばったりで、勢いしかないというか。
そんなことを考えながら、景虎は肩に寄りかかる庄助の髪に頬を寄せた。結局、宿泊先はめでたく見つかり、先ほどスマホで予約を完了した。目的地の水族館に近い、和風のホテルだ。
名古屋駅から特急に乗り継いで、ようやく席に座ることができた。駅の中のコンビニで買ったおにぎりを二つ食べ、麦茶を一気に半分ほど飲むと、庄助は景虎にもたれてすやすやと眠ってしまった。よく食べよく眠る。健康なところがまた愛おしい。
それにしても現実感がなかった。朝から慌ただしく移動してやっと落ち着いた今、景虎は自分が何故こんなところにいるのか、あまり理解できていなかった。
俺はもしかして、ラッコに会いに?
庄助と二人きりで? 小旅行を?
冷静に考えても、わけがわからない。庄助と二人きりで遠くまで出かけるなんて、想像したことはあれど、実行しようとは思わなかった。別に出不精というわけでもないのに。
そもそも景虎にはハナから、好きな人と旅行に行くなんて発想がないのだ。普通の遊び方もよく知らないのに、いきなり旅行なんてハードルが高すぎる。肉体はどうあれ、恋愛の経験値は童貞並みの景虎であるから、大好きな庄助に引っ張ってこられたことに、未だ驚きが勝っている最中なのだ。
地に足のつかない気持ちのまま、特急に二時間ほど揺られ、現地の駅に着いたのはもう昼直前だった。
「あっつ~! 殺す気かて」
水族館までの数分の道のりを歩く。少し先をゆく庄助は、肌を焼き尽くすような殺人的な外気温に文句を垂れながら、時折景虎を振り返って話しかけては、楽しげにしている。
スマホのナビゲーションに頼るまでもなく、数組の家族連れの後をついて行くと、開けた道路の向こうに大きな建物が見えた。
知らない街の広い空が青く晴れていて、温まった潮風が頬を撫でた。愛しい人が振り返り、笑う。とびきり幸せな夢の中のようにふわふわと、足元が軽い。
「見られるやん、ラッコ」
「……そうなのか?」
「そうやで~! あとなぁ、ジュゴンとかもおるらしい! 楽しみやな」
えらく簡単に言ってくれるものだが、景虎は暑さだけではなく手に尋常でない汗をかいていた。まさか、自分かラッコたちのどちらかが生きているうちに会えるなんて。しかも、他でもない庄助と二人きりで。
こんな喜びを、どう享受していいのかわからなかった。景虎は、学校行事や仕事以外で県外に出たことがなかったのだ。もしかしたらこれは、本当に夢なのかもしれないとまで思った。
入場口に置かれているラッコの模型の看板を、何枚もスマホのカメラに収める庄助の姿は、夏の陽炎が見せる幻のようだ。
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