328 / 381
【番外編】ミーツ・シーオッターズ・ハッピーラブ・ジャーニー⑤
「こういう……ビュッフェ? バイキング? やったことないん……? 飯の取り方わからんかったりする!?」
「ああ。初めてだ。勝手がわからん」
「うそやん! はよ言えや!」
庄助はすごく驚いた顔をした。男友達と数名で食べ放題に行って、時間いっぱいダラダラと飲み食いするのが好きだった彼には、にわかに信じがたいことだった。若く健康な胃袋を持て余しているなんて。
景虎は景虎で、何もかも初めてだらけだから特に言わなかっただけだし、旅行なんてものは、織原組の慰安旅行でしか行ったことがない。そして、そういった場合はカタギの皆様を驚かせないために、朝夕ともに宴会場を借り切るか部屋食にするものだ。毎回、従業員が甲斐甲斐しく食事を目の前に置いてくれるものだから、わざわざ歩いていって飯を選んで皿に盛る、というのはピンと来なかった。
「しゃーないから、俺が教えたるわ」
寿司を咀嚼し、飲み込んだ庄助が立ち上がる。景虎は刺青が見えてしまわないよう浴衣の前を整えると、庄助に倣い立ち上がった。
「好きなもの、ある?」
食器とトングを持たされた色男は、やはりちょっと、そのかっこよさも含めシュールでオモロイ。
「好きなものは庄助だ」
ただでさえ立ち姿が注目を集めるのに、そんなことを恥ずかしげもなくさらりと言うものだから、庄助は慌てて景虎の口を手で塞いだ。
◇
今日初めて知ったばかりの決まりごとが、景虎には沢山ある。
ミートボールを掴んだトングでコロッケを掴んではいけない。サラダを盛った皿を、サラダを盛ったもう一つの皿に重ねてはいけない。チョコフォンデュのタワーを、一人で占領してはいけない。
卓球の球で目を狙ってはいけない、庄助のはだけた浴衣の中を覗き込んではいけない。UFOキャッチャーは景品が取れなくても意地になってはいけない、マッサージチェアで爆睡してはいけない。
なるほど、細かい不文律があるのは、ヤクザの世界もカタギの世界も同じなのだと景虎は思った。
「なあっ、売店でビール買って部屋でテレビ見よ! こっちって関西ローカル番組映るんかな?」
何より、庄助と自分のペースが全く違うということを、景虎は痛感した。
息もつかせぬような庄助のスピードに、もう笑うしかない。疲れているはずなのに、庄助は何だかずっと小走りで、小屋の外に出たハムスターがキョロキョロしながら走り回るが如くだ。バカ丸出しで、可愛い。
暮れてゆく今日を惜しむように忙しなく動き、カーペット敷きのホテルの床をポフポフと音を立てながら移動する。景虎は、売店のおつまみコーナーで立ち止まった庄助を後ろから捕まえて、その金色の頭に自分の顎を乗せた。
「あっ……なんやねん、くっつくな恥ずかしいから!」
「よく食うな、そんなに食って大丈夫なのか?」
「大丈夫や。胃は丈夫やねん、俺」
「そうじゃなくて」
浴衣の腰をそっと撫でると、庄助はビクッと飛び上がった。
「このあと、セックスするだろ? 下から突かれまくっても吐くなよ」
頭蓋骨に低くて甘い音が直に伝わると、庄助は頬を赤く染めて黙り込み、ようやく大人しくなった。
ともだちにシェアしよう!

