329 / 381

【番外編】ミーツ・シーオッターズ・ハッピーラブ・ジャーニー⑥*

 慣れない布団のひやりとした肌触りが、皮膚の熱を吸い込んでゆく。寒いくらい効いている冷房や、調節の仕方がよく分からない部屋の、最低限の照明、畳のにおい、カーテンの向こうのかすかな潮騒。月明かり。  結局、ビールやつまみの類は買わずに帰ってきた。カゲが変なこと言うから呑みたい気分じゃなくなった。と、庄助は文句を零していたが、二人きりのエレベーターの中で肩を抱いても、身体を強張らせるだけで、何も言わなかった。  そうやってなだれ込んだ静かな部屋は、世界から二人を切り離す箱だ。スリッパを脱ぐわずかな間すらもどかしく、暗い部屋の中、敷かれていた布団に二人でもつれ込んだ。  お互い、今の気持ちを形容する言葉を持たなかった。持たないままでいいとさえ思うのだ。視線や触れ合いは時として、言語なんて煩わしいものを簡単に超越する。 「……ぁ」  額と額が触れて、それだけで心臓が鳴る。恐れるような声が、庄助の唇から漏れた。景虎は、庄助の子供のような柔らかい頬に自分のそれをくっつけてゆく間に、行場なく掛け布団の上を揺蕩う手を握った。 「庄助……」  唇の横、口角にキスを落とす。頬やあごやこめかみ、耳たぶに、音もなく唇を押しつけてゆく。目が慣れた暗闇の中、まつ毛の生え際まで見える至近距離で、庄助の輪郭をなぞった。 「こしょばいから、あかん……」  今ではすっかり馴染んだイントネーションが、景虎の鼓膜を揺るがす。あかんと言われると欲しくなる。そんなことはわかっているはずなのに、弱々しい抵抗で繕う往生際を、唇で追い詰めてゆく。  耳たぶをふわりと包む産毛を、舌で舐めて湿らせる。口に含んで小さく鳴らすと、ふつふつと肩首に鳥肌が浮いた。  理性があるうちに、景虎は布団にバスタオルを敷いた。庄助はすぐ色々漏らすから、汚れないように。  半纏を脱がせると、結わえた浴衣の帯を解き、合わせを開いた。その気になっているのか庄助の下着の前はゆるく膨らんでいる。景虎はそのことが嬉しかった。庄助にセックスを受け入れてもらえることが幸せで、たくさん可愛がってやりたい気持ちになる。  衣擦れの、ぱさりと乾いた音が大きく聞こえるほど静かだ。お互いの心臓の音がつまびらかになっても、何も不思議ではない。 「好きだ。何よりも、お前が……」  湧き上がる気持ちが、喉から出てゆく。  そっと体重をかけて押し倒しながら、平坦な胸の上に軽く跡をつけた。首や鎖骨など日焼けした箇所はつきにくいが、腹の方へゆくに従い、うっ血が映えるようになる。歯と舌で吸い上げて染めるたびに、庄助は吐息を漏らした。景虎の高い鼻の先端が乳首を掠めると、明確に甘い声を出した。 「んひっ……」  庄助の身構えが空振りするようにわざと、まったく別の箇所に口づけた。期待を裏切られた身体が緊張を解く瞬間を見計らって、また軽く唇の端で触れる。わざとらしい焦らしに、抗議の声がすぐにあがる。 「それ、イヤや……」 「どうして?」 「ど……どうしてもこうしてもあるか。やるんやったら、さっさと……あ、あ……っ」  脇腹に舌を這わせると、庄助の身体がぴくんと跳ねる。腰が浮いたその瞬間に、下着を下に引っ張った。勃起に軽く引っかかってから、容易く膝まで脱げてしまうと、庄助は諦めたように足を上げて下着を脱いだ。  その間にも景虎は、柔らかい腹から胸の下にかけてを味わう。風呂に入った後なのに、またはしゃいで汗をかいた。庄助の柔らかい味と香りが、皮膚から立ちのぼる。 「んっ、や……やめ……あっう」  まだ敏感な部分に触れていないのに、庄助はいつになく興奮しているようだ。キスのたびに身じろいで、ペニスがゆるく持ち上がってくる。  部屋が静かだからかもしれない。ほんの小さなリップ音が、嫌でも耳に届く。舌と唇で責める水の音に興奮して、すっかり感度が上がっている。  庄助の手を取り、中指の先を咥えた。爪の先端を下の歯でくすぐる。そのまま、舌先で爪と肉の間を撫でてから、爪の生え際を味わう。短く丸く切られた薄桃色のそれが、ちょこんと手の先端に乗っていることが愛おしい。 「あっあっ……んんぅ」  景虎は指を全部口に含んでしまうと、舌先で腹側を舐めながら吸い上げた。まるきりフェラチオのような淫靡さに、庄助は腰が砕けてしまうかと思った。

ともだちにシェアしよう!