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【番外編】ミーツ・シーオッターズ・ハッピーラブ・ジャーニー⑫

◇  肩にのしかかる重みから、景虎の香りがする。ホテルの売店で買った使い切りのシャンプーの、シトラスのようないい匂いが、さわさわと庄助の頬を撫でた。  特急に揺られながら、この旅で撮影したスマホの写真を見返している。撮影したものの名前も分からない魚、ぼやけたジュゴン。人間の陰茎のような腕をもつヒトデの写真は、撮影の際に庄助が爆笑してしまったため、数枚全部がブレている。  一枚の写真で手が止まる。そっと、寄りかかる景虎の眠りが深いことを伺ってから、庄助はそれをじっと見た。  ラッコの水槽を見つめる景虎の横顔を、隠し撮りしたものだった。  いや、実際は隠し撮りの意図はなく、間抜けな顔でラッコ見とったで~! と、後で本人に見せてやろうと思って撮影したものだったのだ。  けれど、照明に照らされた仄青い頬や、水面の光の反射が落ちる瞳、景虎の真剣な横顔と水槽の色だけが浮かび上がった一枚は、まるで絵画みたいだ。だから、黙っておいた。  奇跡の一枚やんけ。かっこいい顔して、ムカつくなあ。  ムカつくなあ、と言葉で思っただけで、実際にムカついてはいない。ただ写真に写った景虎が、この世のものではないくらいキレイで、本人にさえ共有したくないと思ってしまった。  カゲのこういう顔知ってるのは、俺だけでええ気がするなあ。だって……。  だっての先に続く理由を、どうしてもうまく考えることができなかった。あまり自覚したことのない類の感情に、庄助は戸惑う。  お前をもっと好きになった。景虎は昨日確かそう言った。それを思い出すたび、胸の奥が焼き切れるみたいに甘く切なくなる。こんな気持ちを、どうしたらいいのだろう。それはこっちの台詞だと、うまく言い返すことができる性格ならよかったのに。  ため息をひとつつき、スマホを伏せて腿に置いた。庄助の気持ちを何も知らない生き物の寝息が、肌をくすぐってくる。  庄助もまた目を閉じた。瞼の裏に鮮烈に、景虎の美しい横顔が戻ってくる。旅は不思議だ。よく知っているはずの相手の、知らなかった面まで見えてくるのは、魔法みたいだ。  うっすら目を開けると、ぽつぽつと建物が見え始めて、車窓を彩る海のきらめきが、もうすぐ途切れる予感がする。  (やかま)しい都会に帰って、気怠くも愛おしい日常に復帰しよう。手狭な古いアパートは庄助と景虎、ちょうど二匹の水槽だ。  まだきっと、じゃれ合いの日々は続く。ずっと、できるだけ長く続けばいい。二人でこのまま、どこまでも行けたらいい。  庄助は、隣で眠る景虎の頭に頬を寄せた。 〈終〉

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