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第四幕 九、デビル、がんばる②
景虎と庄助を含むユニバーサルインテリアの面々は、すでに日付は変わって今日の夜、ミャンマーから帰国してくるという織原組の若頭との会合を控えている。先ほどの国枝の電話で、予定を合わせるよう言われた。
組長である矢野が襲撃されたことに端を発する一連の抗争に、業を煮やしての帰国ということだ。
国枝は口では何も言わなかったが、めんどくさいことになるという空気が、電話でもわかるくらいにプンプンに漂ってきていた。それに、通話後に若頭の帰国を景虎に伝えると、彼もまたすごく嫌そうな顔をしていた。
どんな人なんだろうか。組のナンバーツーなのだから基本的には怖そうだ。その上、めんどくさい人なのだろうか。庄助がそんなことを考えていると、景虎がのっそりと身体を起こし、軽く伸びをした。
「とりあえず先に、お前を送っていく」
「は? カゲひとりでどうすんねん」
「どうもこうも、俺があいつらに順番に尋問するだけだ。なるべく早く若頭 に情報をまとめて持っていけるようにする」
「じゃあ、俺がタニガワの方をやる! ちょっと考えがあんねん、構わんやろ?」
景虎は目を見開いた。
「驚いた。バカなのか? ダメに決まってるだろう」
あれだけ乱暴に犯して理解 らせたつもりだったのに、全く懲りていないことに驚き、ちょっと引いた。庄助の頭に脳みそがちゃんと入っているのか、本気で心配になってきた。
「モノは試し、やるだけタダやん。危ないことせんし! 心配やったら近くで聞いててもええ。ちょっとくらい、変な格好で潜入した覚悟を買ってくれてもええやん……お願いやん、カゲ」
庄助は甘えた声を出した。思えば前にイクラに腹を殴られたのも、この甘え声にまんまと乗せられて現場に連れて行ったからだ。まあそのおかげで、庄助とセックスする関係になったともいうが。
正直なところ、猫の手も借りたい状況だ。猫どころかミジンコでもいい、単純に人手が足りない。化野や静流に戻ってきてもらい、せめて見張りと飯の調達など、雑用係をやってほしいと思うくらいだった。
あの“七面倒臭い若頭”の帰国はもう少し後だと思っていたのに、予定が狂ってしまった。
「カゲは、まだ覚悟決めてへんのかよ」
珍しく真面目な声音に、景虎は思わずまじまじと庄助を見た。女装をしていたときの化粧はすっかり剥げて、いつもは剥き卵のようにつるんと血色のいい肌に、うっすらと疲労が浮かんでいる。
「俺は前に言うたぞ、親父さんや国枝さんの前で。カゲと一緒にこの先の景色を見たいって。その気持ちは今も変わらん。それやのにお前は、俺のこと好き好きって、口で言うだけか?」
「それは……」
「さっき『一生面倒見てやる』って言うたことも忘れたんか? 兄ちゃんまで巻き込んで、そのくせ、ここからは踏みこませへんって内緒ばっかりや。お前がそんなええ加減なんやったら……」
庄助は一つ、呼吸してから言った。
「俺がうっかり、誰か別の人のこと好きになっても、文句言えんよなぁ?」
そう言われると動きが止まる。想像しただけで、苛立ちで呼吸まで止まりそうだ。くだらない煽りなのはわかる。が、景虎は自分の首の後ろのうぶ毛がチリチリと怒りで逆立つのを止められなかった。
「……馬鹿らしい。またタニガワに、色仕掛けでもするのか?」
「アホか。こんな化粧も服もグッチャグチャで、色仕掛けもへったくれもないやんけ」
どこか吹っ切れたように、へらへらとそう言う庄助の顔を、景虎は驚いた様子で見返した。
祭りの夜に別れた時よりもずっと、強かになっている。逆境の中で変わったのだろうか、一皮むけたという言葉が非常に、今の庄助に似合っていた。
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