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第四幕 九、デビル、がんばる③
景虎に連れられて初めて入ったそこは、二階建ての廃倉庫だった。一階は主要な機械などは取っ払われてがらんとしていて、雑多なガラクタや破れたビニール、何に使うかわからない資材などが隅に積まれていた。
脇の階段を上る。隙間から入ってくる潮で変色している手すりは、思いのほか粘ついていた。二階の一室、事務所の跡地であろうそこに、タニガワはいた。ブリーフ一枚のままパイプ椅子に手足を縛られて、事務机の上に乱雑に置かれた様々な、例えば電動ドリルやヤスリやペンチなど、それら不吉な道具を、胡乱な目で眺めていた。
景虎は、一階に繋いでいるイクラのもとへ行ってしまった。ケガの具合の確認をするそうだ。もちろん、手当てをするわけではない。どれくらい“耐えられそう”なのかを、見てみるということだった。
お互いのスマホは、通話をつなぎっぱなしのままだ。こちらがスピーカーにした状態で、景虎はブルートゥースのイヤホンを着けている。聞かれてばかりで、景虎たちの声を聞くことができないのが不公平だと思ったが、この場を任せてくれただけでも良しとしよう。庄助は、眠気が忍び寄る頬を叩いて気合を入れた。
「……よお、しょこらちゃん」
部屋に入ってきた庄助の姿を認めると、タニガワは青く腫れ上がった唇を片方、微妙に吊り上げた。
ウィッグを外して水道で顔を洗って化粧を落とした。服といえば景虎が脱いで寄越したワイシャツ一枚と、そこらに落ちていた便所スリッパを身に着けただけの、もうすっかり見た目は普通の若い男だ。にも関わらず、庄助が誰なのかはちゃんとわかるようだ。
庄助は意を決して縛られたタニガワに歩み寄ると、戸惑いながら机の上のペンチに手を伸ばした。タニガワはその土気色の顔に諦めの色を浮かべ、目を閉じた。
次の瞬間、ぱつんぱつんと何か硬いものが、弾けて切れるような音がした。
「こんなとこに連れてきてすんません。いっかいタニガワさんとはちゃんと喋っとかなあかん思て」
眼前の、先ほどまでしょこらちゃんだった男が、白いシャツの下から、つるりとした太腿を晒して頭を垂れている。パイプ椅子の足に結わえられていた結束バンドが切られて、手足に血が流れ込む。タニガワは驚いた顔をした。
「俺、ホンマは織原組の新入りです。騙しててごめんなさい」
庄助の考えというのは他でもない。タニガワに正直に謝罪して、知っていることを話してくれと腹を割って頼み込むことだった。
自分には景虎や国枝たちのように、何かを聞き出すための拷問なんてできない。いくら嫌いなやつでもやりたくない、怖い、可哀想で気持ち悪い。かと言って、安全圏にただいるのは嫌だった。景虎の成す悪徳の、その片棒を担ぎたいと思っていた。
景虎が一人で出ていったのには、それなりの理由があると解った庄助は、密かに自分の胸にそう誓っていた。あんなに乱暴に抱かれ、身体の奥の奥まで犯されたのにも関わらず、頭の中が妙にクリアだった。
幸いなことに、タニガワに頭を下げるのは厭ではなかった。変態だということ以外は、よく知らない。が、なんとなく。この人は悪人なりに筋が通っていそうだと感じていた。ほぼ野生の勘だ。
「……ははっ、勇気があるな。手負いとはいえ敵対組織の人間を自由にして、殺されるとは思わなかったのかい? ”早坂さん“」
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