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第四幕 十一、まごころと、呪い②
「寝かしつけてほしいのか」
何も言わず首に腕を回すと、景虎はそれに応えるように、抱きしめてくる。いたわるようにマットに横たえられて、庄助の唇から吐息が漏れた。先ほど半ば無理に挿入された身体の芯が、今頃になって鈍痛を訴えてきていたけれど、温もりの前にはもう、どうでもよかった。
頬にキスをすると、庄助の唇から甘い声が漏れた。
「あ……っ。俺が寝るまでやで。まだ寝てないから、離れたらあかんねんで」
まるで子供の屁理屈をこねる唇を塞ぐ。食い慣れた味の庄助の唾液を舌先で遊ぶと、景虎の体の下で腰と足先にかけてが、もどかしげにくねった。
「……ぁ、ふ、んんっ、カゲぇ」
「やることが残ってるって言ってるのに……変な声出すな」
そう言いながらも口づけの雨は止まない。庄助はいっそうきつく体を押しつけた。
「……ちゃんと寝るから。寝るまででいいから……」
ゆるく昂る熱とともに、心音が落ち着いてくる。景虎の大きな身体に抱きしめられていると、不安も畏れも罪悪感も何もかも溶けてゆく。こんなんじゃダメだと思うのに、離れたくなかった。
「なあ、カゲ。死なんとってな、お願い」
肉欲も好意も超越した飾り気のない言葉が、庄助の口から溢れる。好きでも愛してるでもなく、死なないでくれという。ただ一つの強い呪いだ。
「……そんなこと、初めて言われた」
「俺のこと好きなんやったら、死ぬなよ」
「庄助……」
約束なんてできない。無意味だ。それに、あんなことがあった後では、何を取り繕っても白々しく響くだろう。それに何よりその言葉は、景虎が庄助にそっくりそのまま言いたいものだった。
「気をつけるよ」
「……約束しろ」
もう泣き出しそうに熱を帯びる声ごと、食らうようにキスをする。閉じた瞼の端に溜まる涙に、気づかないふりをすることしか、景虎にはできなかった。
約束する、と一言が言えないままでいると、腕の中の庄助の混乱がいっそう伝わってくる。
庄助は優しいから、俺みたいな人間相手でもそんなふうに思うのだろう、きっと。強がりな庄助がこうして泣いて縋らないといけないほど、怖い思いをさせてしまった……いや。庄助は言わないけれど、きっとずっと、最初から怖かったに違いない。
ヤクザになんてならないで、いっそ自分のもとから去ってほしい気持ち。地獄の道行きを共にしたい気持ち。本当に庄助を愛しているなら、それらをどうすべきなのか。“らしい”選択や“美しい”選択は理解できる。理解はできるのに、決断はできなかった。
それでも、頭を撫でて心音を聞かせるうち、庄助の強張っていた身体の力が抜けてくる。蓄積した疲労がストレスを凌駕し、副交感神経を優位にする。
次第に微睡みにとらわれてゆく庄助の意識が、最後の抵抗でうわ言を発する。
「悪魔は……」
「ん?」
「悪魔は、望むものの願い通りに姿を変えるんやって。せやったら俺……悪魔になろっかなあ。カゲのことちゃんと守ってやれるような、強くて悪い悪魔になるねん……」
目を閉じて、心地よい疲れの中に身を投じてゆく庄助の言葉ははっきりしない。洗いたてのリネンの香りと二人の肌の匂いが混じり合って、知らないホテルなのに、もうまるでベッドの中は二人の巣のようだった。
「わけのわからんことを……悪魔は悪魔でも、タスマニアデビルのくせに」
生意気な金髪のタスマニアデビルの、くすくすと小さく笑う吐息が景虎の耳にかかる。吐息はゆっくりと、寝息へと変わっていった。
力の抜けた庄助の腕をそっとベッドに置くと、景虎は体を起こした。目尻の雫は、垂れて乾いて筋になっていた。
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