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第四幕 十一、まごころと、呪い③
国枝に詳しい報告を。そう思って手を伸ばしたスマホが、まるで待ちかねていたかのように画面を光らせる。通話アプリの着信画面が立ち上がっていた。
庄助を起こさないように、窓際に立って通話に出ると、低いのによく通る男の声が聞こえてきた。
「やあ、僕だよ。化野だ。先ほど依頼された件について、さっそく報告させてもらおうかと思ってね」
「ずいぶん早いんだな」
「遠藤くんは、僕を信頼して調査を任せてくれたんだ。期待に応えたい一心で頑張ったよ」
信頼してなんかしているはずない、庄助をタニガワに差し出そうとしたくせに。
こんな時でも回りくどい化野の喋りには、ほとほと嫌気がさす。景虎は苛ついたように、短く促した。
「で、結果は」
「……ひひっ、イイ線いってると思うんだけどね。ひとつだけキミに確認してほしいことがある」
興奮を押し隠せないような、そんな声だった。景虎はほんの数センチしか開かない窓の下、ビルとビルの間の路地に目をやった。道端に打ち捨てられたファストフードの包み紙の中、腐敗した肉に羽虫が|集《たか》っている。
「まあまあ順を追って説明するよ、キミが送ってくれたチラシの画像、『予期せぬ妊娠で困っている、あなたのために。悩まないでご相談を』……これは、記載のQRコードにアクセスすると、相談員にチャットを繋げてくれるサービスみたいだね」
「なるほど……世のためになるサービスだ。俺には何の縁もないな」
「いんや~、そうでもなさそうだけどね? なにせこのチラシは、池袋一帯の風俗店の待機室に置かれていたみたいなんだ」
「風俗店?」
「まあでも、おかしなこたァないよね。性病検査のパンフやら、そういうのと混ざってても不思議じゃあない。そういった職業と妊娠は、切っても切れないだろう。問題は、そのチラシの目的だよ。チラシのQRコードから相談員とチャットをしてみたんだが」
通話中に化野からURLが送られてきたので、ブルートゥースイヤホンに切り替える。リンクを踏むと『キトンブルー乳児院』と表示されたサイトに飛んだ。
「僕が妊娠七ヶ月、もう堕胎できない週数だと告げると、相談員はその乳児院に繋ぐと申し出てきたよ……おっと、ネカマだなんて言わないでおくれよ。これは社会的意義のある調査だ。本当に女性や望まれない子供を救おうとしているのか、というね」
落ち着いたコーラルピンクを基調にしたホームページは、見たところ特におかしなところはない。練馬区にあるその場所は、社会福祉団体が経営し、親の養育が困難と判断した乳児を引き取り育て、里親や養子縁組へのサポートもやっているらしい。
「その下、動画を見てほしいんだ」
スワイプしていくと、『ちいさな命はばたく・施設の運営理念』という一つの動画が埋め込まれている。施設で遊ぶ小さな子供たち、哺乳瓶からミルクを飲む赤子。彼らがフェードアウトしてゆき、施設長だという一人の男のバストアップが大写しになった。
「……こいつは」
知らない表情。しかし、嫌と言うほどよく見たことのある顔だった。短い黒髪に、筋肉質な体躯の若い男だ。
「遠藤くんたちに拷問された後、入院していたという男にちょっと似ていないかな? キミが送ってくれた防犯カメラの映像は不鮮明だから、それを確認したいんだ」
《……僕も、父に男手一つで育てられたので。だから、事情があって親と一緒にいられない子供たちがせめて、澄んだ瞳の子猫のように甘えられるような場所でありたいなと、僕たちはそう常々思っています》
ついぞ景虎たちに見せることのなかった笑顔を浮かべて、カメラに向かって話している男。その顔は紛れもなく、景虎と矢野を横浜で襲撃し、誠凰会のボディガードを銃殺した男だった。
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