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第四幕 十二、良将の成すところ④

「そう。あんた景虎の部屋住みでしょ。代わりにお酌しなさい。みんなも、もう始めるわよ。辛気臭い顔突き合わせてたって、事態は好転しないんだから」  音揃が口火を切ったことで、皆各々酒や食べ物に手を付け始めた。可愛らしいアンティパストや、色鮮やかな野菜をたくさん使ったパスタがテーブルに惜しみなく並べられている。こんな面子でなければ、小洒落たホームパーティーと言われてもおかしくない。  隣に来るように言われて、庄助は料理も取らずに音揃の隣へと慌てて腰を下ろす。高級そうなスーツから、火薬のようなスモーキーな匂いがした。  赤ワインを揺らして空気を含ませながら口に運ぶ音揃に、恐る恐る目を合わせる。切れ長の一重まぶたは、研ぎ澄まされたナイフのようだ。右目の焦点が、わずかにずれている気がした。 「ん? ああこれ義眼なの」  庄助の視線に気づいたのか、音揃は自分の右目を指し示した。 「義眼……じゃ、見えてないんですか」  庄助は手渡されたグラスにそっと口をつける。発酵したブドウの強い酸味と苦みに震え上がった。大人の味だ。 「うん、昔にちょっとね……そうそう、あんたらのこと、国枝からちゃんと聞いてるわ。矢野さんの息子の景虎があんたを気に入ったというなら、もう庄助は家族なのよ。だから、無茶する前に遠慮なく頼ってちょうだいね」  鶏のひき肉とレバーのパテに、音揃のフォークの銀色が、ねっとりと艶めかしく沈み込む。 「……ありがとうございます!」  口だけかもしれないが、思ったより気さくだ。なんや、ええ人そうやん。庄助はチョロいので、怖そうな人が優しいと、ギャップですぐ気に入ってしまう。  それにしても、音揃はどこまで聞いたのだろう。不安になる。庄助は国枝の事を人間として好きだが、余計なことを面白がって言いそうなタイプだとは感じている。  チラリと国枝を見る。手酌でウイスキーを飲んでは、ナカバヤシの頭をペチペチと叩いたり、トキタの腕を関節と逆方向に捻ってみたり、すでに機嫌よく酔っ払ってしまっている。いつもよりペースが早い気がする。  しかしみんな楽しそうだ。ここに景虎がいたらもっと良かったのに。庄助は思った。 「そう。織原組は、矢野さんが先代と作った家族なの。それを壊そうとする者を許さないし、裏切り者も許さない。僕はね、家を守るために帰ってきたのよ。……庄助も織原の家族として、協力してくれるわね?」 「は、はい……」  音揃の奥歯がギリギリと、柔らかい鶏の肝臓を噛み潰す。その問いに是非などなかった。庄助の答えなど聞いていないのだ。  しかし、庄助とて。  ただ震えて何もできない下っ端ではいたくないと、強く思っている。音揃の言うところの家族がなんなのかはよく分からないが、自分の居場所である織原組と、相棒である景虎のことは自分が守りたい。そのために、できることをやりたい。  手の中で温くなったワインを飲み干す。酷く渋くて喉が痛んで、胃が焼け落ちるように熱くても。アルコールが血液を回って頭痛がしたって、こんなものは何ということはない。きっとこれから、もっとずっと痛くて辛いことが待っているに違いない。 「いい飲みっぷり!」  音揃は手を叩いた。  庄助は早くも酔いが回り始めた頭を振って、唇をきゅっと噛んだ。 「俺……親父さんと約束したんです。カゲの、安心できる場所になるって。全部終わったら盃を交わすって。だから、そのために頑張ります」  庄助は、音揃をまっすぐ見た。彼は驚いたように目を一瞬見開くと、心底嬉しそうに破顔した。 「……なるほど、新入りは骨があるって聞いてたけど、ほんとね。ゲロくせえフライトでわざわざ帰ってきた甲斐があったわ。じゃあ、庄助には大役を任せなきゃね」 「たいやく……?」 「やってみる? 景虎のために、あの子の過去の清算のために」  肉のない頬を薄っすらと紅潮させて笑う音揃の残された左目が、凶星のように赤く光るのを見た。

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