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第四幕 十三、烏(からす)は密かに②

「シズくんに、グラフィックのソフトを使って顔の切り出しやら解析やらをやってもらったんだよ」 「AIにやってもらったんで。ボクは何もしてないですよ」  静流はカウンターに身を乗り出し、ノートパソコンのタッチパッドを細い指で繰った。病院着の男が個室のベッドに座っている。これは、男が侵入者によって殺された日の録画だ。  患者本人のプライベートが重視されるため、通常の病院であれば室内にカメラはない。が、そこは織原組の息がかかった病院。いくらでも融通がきくと言えよう。  とんとん、と静流の指がタップを繰り返すと、カメラが遠すぎてノイズの多い男の顔がクリアな状態でアップになる。先ほどの『キトンブルー乳児院』の紹介動画を切り抜いたものを隣に並べてみる。病院着のほうは憔悴こそしているが、確かに似ている。 「顔の類似度スコアは高いけど、やっぱり本人を見てる人に確認しとかんとあかんなって」 「こいつが双子や三つ子でない限り本人だろうが……何者なんだ。乳児院の職員が、ヤクザの会合にカチコミか? 日本も来るところまで来たものだな」  不機嫌そうな景虎の声に、化野は髭のぽつぽつと生えた喉仏を揺らして笑った。 「いひひっ、そうイライラしないでおくれよ。彼はカサイ。カサイシンタロウさん、二十八歳。大学を出たあと児童福祉業に従事して、その若さで施設長だよ。彼自身の経歴には、後ろ暗いところは見つかっていない。どこからどう見ても献身的な若者だ、素晴らしいね……もう死んでしまったけれど」  化野が話し終えると、静流が挙手した。 「質問。結局、このカサイってのは、川濱組が雇った殺し屋なんです?」 「いや……」  国枝とともに尋問したときに男は「タニガワから殺しを依頼された」と確かに言った。にもかかわらず、イクラもタニガワも、関内のクラブでの銃撃事件のことは知らなかった。  もちろん景虎は、男もタニガワもイクラも佐和も、全員等しく信頼していない。彼らが示し合わせて嘘をついている可能性もゼロではない。が、組が不安定な時に殺し屋を雇ってまで、織原と事を荒立てるメリットがないということはわかる。 「拷問にもギャーギャーうるさいし、すぐ気絶するし。いかにも素人の捨て駒という感じで話にならなかったな。何にせよタニガワの名前を出せば、織原組(ウチ)と本格的な抗争が始まる。こいつに指示したやつは、それを狙っていたのかもな」  化野が、ふむ、と髭を触って何か考え込む様子を見せる。マウスを掴むと、ポインタを画面の中でぐるぐると遊ぶように動かした。 「……あ、あともう一つ。この後、病室に入ってくるのは、ウーヤさんやね。顔をマスクで隠してるけど」  画面端に飛んでいったカーソルを、静流が捕まえる。動画のシークバーを移動させると、瞬く間に病室の電気は消え、消灯の時間になっていた。 「ウーヤ……」  庄助を拉致し、痛めつけた憎き名前だ。昨晩のゾンビーズ・ハイウェイで、彼を捕らえることができなかったことを思い出し、景虎は悔しさに歯噛みした。  画面の中では、病室に忍び込んだ人影が、眠っているカサイの枕元に幽霊のように立っていた。細身の人物は、長袖パーカーに手袋を着けて、キャップに大きなマスクを装着している。景虎も直接ウーヤの顔を見たわけではないが、これでは知り合いだとしても顔面の判別はつかない。 「ここ。……腕が少し、見えるんやけど」  嫌そうな声で静流が言う。ウーヤらしき人物は、パーカーのポケットから出した注射器を、カサイの点滴ボトルに突き刺した。そのあと、薬剤の落ちる速度を調整するローラークランプを回す際に、大きめの袖が重力で捲れ落ちて、腕の外側に黒いタトゥーが見えた。 「彫ったからわかる、これはボクの絵や」 「なんの絵だ……?」 「ニワトリを逆さまにして、血抜きしてるところの絵」  拡大されても、ノイズが多くてあまりよくわからない。静流は過去に施術したタトゥーの写真を表示した。黒いインク一色に点描のグラデーションで描かれた、所謂チカーノタトゥーというやつだ。  画面に表示された、頭のない三羽のニワトリが縄で足を括られ吊るされている絵は、確かにウーヤの腕のものとシルエットがよく似ている。

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