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第四幕 十四、団欒はおしまい①

「ちょお……国枝さん、しっかり、歩いてくださ……いっ」 「あっはは~、庄助のほっぺ、やわらか~」  体重はさして変わらないか、ひょっとすれば国枝の方が軽いくらいだと思うのに、脱力してふらつく人間はずっしりと重く、それを支え歩く庄助の息はこれ以上ないくらいに上がっていた。いたずらに頬ずりされ、耳に息を吹きかけられるたび、何度も飛び上がって側溝に落ちかけた。  あの後音揃は、ワインのボトルをほぼ一人で空にすると、「まだ本家の人間とも会う予定がある」として、先に帰ってしまった。部屋の外に出るなり何人もの護衛に囲まれる音揃の姿は、まるで一国の要人のようだった。  そうなると、取り残されたいつもの面子の中で、ザイゼンの眼鏡に指紋をつけまくっては爆笑する国枝を諌められるものは、もう誰一人として残っていなかった。  国枝は酒癖が悪い。景虎も矢野もいない場では特に、歯止めがきかない。酔った彼の面倒を、皆が下っ端の庄助に押し付けるのは必然とも言えた。  五反田からタクシーを飛ばして、渋谷に寄りたいという国枝とともに、文化村前で降りた。  夜の通りを二十分ほどかけてよろぼい歩き、やっと代々木公園まで辿り着く。一度休憩しないと、暑くてたまらない。  小道を少し進み、比較的人通りの多い入り口近く、木製のベンチに国枝を座らせると、庄助はようやく一息ついた。ここに着くまでずっと、アルコールの呼気を隣で吸っていたため、自分までさらに深く酔っ払ってしまったかのように、顔が熱い。息が上がっていた。 「はあっはあ……、だ、大丈夫ですか……」 「ふふっ、こんなイチャイチャしちゃって、景虎に見られたら殺されちゃうねえ~」  そう言いながら、上機嫌に庄助の頬をつつく。切りそろえてヤスリで整えられた爪が、ぷにぷにと庄助の頬の形を変えた。  湿った空気が停滞している。通りに比べて人こそ少ないが、自然が多いせいで逆に蒸し暑く感じた。  散々引っ張り回されて、よれたワイシャツを整えながら、自販機で国枝と二人分の飲み物を買っていると、いつだったか景虎と飲みの席の後に夜の公園に寄ったことを思い出す。あの時は矢野との初顔合わせだった気がする。 「……カゲから連絡って、ありましたか?」  少し距離を開けて座る。庄助は探りを入れるように声をひそめた。  案の定というかなんというか、景虎にはホテルで寝ている間に置き去りにされてしまった。ご丁寧に会計までしてくれているところまで想定内だったが、単身でラブホテルから出ていくのはかなり寂しかった。 「ああ、さっきあったよ。今回の件に関しての新しいデータもいくつか送られてきた。言ったでしょ、ああ見えて仕事はちゃんとやるって」 「そっか……それならいいんです」  庄助は胸を撫で下ろした。 「ていうか庄助さあ……俺の言う事全然聞かないよね。大人しく景虎のこと待ってなさいって言ったのに。ま~た向田さんに唆されてぇ」  国枝の指が、缶コーヒーのプルタブを、開けもせずにくるくるとなぞる。誰にも言っていないはずなのに、バレている。ということは向田が白状したのだろうか? 国枝に叱られたくないから、手伝わないと言っていたはずなのに。庄助は青ざめた。もしかして、死んだだろうか。

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