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第四幕 十四、団欒はおしまい②

「あのっ……すみません……その件に関しては、ほんまに、俺」 「落ち着いたら二人揃って、ちゃあんと詫び入れてもらうから、楽しみにしててよね」 「はひ……」  とりあえず向田の生命はあるようだが、そんなことを言われたら、今日から震えて眠ることしかできない。汗をかいた手の中で、丸い炭酸飲料のボトルがつるつると何度も滑った。  庄助が恐ろしさに下を向いていると、国枝はスーツの下、シャツの胸元を軽くくつろげた。こんなに暑いのに、国枝が半袖を着ているところを見たことがない。ちらりと覗く胸元に街灯の灯りが射して、白く褪せた古傷のようなものが見えた気がした。庄助は慌てて目を逸らした。 「あの、こんなこと聞いていいかわからんのですけど……音揃のカシラって心は女性とかそういう方なんですか?」  話を変えるために、せっかくだからと疑問を投げつける。頬にしなを作った手の甲を添わせ、オネエのポーズをとる庄助を見て、国枝は白い歯を見せて笑った。 「あははっ! いやいや、あの人めちゃくちゃストレートだよ。東南アジアの各国に、美女の愛人が何人もいるしね」 「アジアの美女……っ!?」  若頭クラスになると、そのような離れ業も可能なのか。庄助は羨ましくて生唾を飲み込んだ。 「カシラのあの喋り方はね、仮面だよ。吊り橋効果みたいなもんでさ。怖い人なのにああいう風に振る舞うと、ギャップのせいで必要以上にみんな心を開くんだよね。……あとは、怒りの感情が強いから、柔らかい女言葉を使うことによって鎮めてるとも仰ってたねえ」 「そういうもんなんですか……?」  確かに、庄助自身も音揃のことを『思ったよりいい人』だと感じた。彼の作戦は成功していると言ってもいいかもしれない。 「カシラに、なんか言われた?」  そっちちょうだい。と、国枝に炭酸飲料を奪われた。幾分かぬるくなった炭酸を美味そうに飲み込む国枝の喉仏が、生き物のように動く。へらへらと人が良さそうに笑う彼こそ、仮面を着けている張本人なのではないだろうかと、庄助は思う。 「えと……織原組は家族やって言うてました」 「え~、それだけえ?」 「……大役をやってみないかって。それで俺、やってみたいって言いました。経験を積みたいから……経験を積んで、ちゃんとヤクザになりたいんです」  ―やってみる? 景虎のために、あの子の過去の清算のために―  そう言われたことは、黙っておいた。誰にも言わないほうが良いような気がしていた。 「そっかぁ。バカだねえ」  ついさっきまで酔っ払ってふざけていたのが嘘のように、冷たい声色だった。あるいは、ほんとに嘘だったのかもしれない。 「懲役行ったり、死ぬ可能性だってあるのに。“男らしさ”に酔わなきゃやってられないのはわかるけど、簡単に言いすぎ。カシラも、庄助も」  少し苛立たしげに身じろぐ国枝の、少し開いたシャツの胸元から、アルコールとは別の彼の肌の匂いがふわりと立つ。庄助は結構、国枝の匂いが好きだ。香水とタバコの混じった匂いが、おぼろげにしか憶えていないはずの、父親の面影を呼び覚ます。一緒に居た時の父の年齢が、国枝くらいだったからかもしれない。 「すみません、俺……」  次に放つべき言葉に詰まっていると、国枝は目を細めて笑った。

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