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第四幕 十四、団欒はおしまい③

「あはは、別に責めてんじゃないよ。……ねえ、タバコ切らしてんだよね。買いに行っていい?」  国枝は立ち上がった。暑かった。夜なのに、蝉のような鳴き声がそこかしこの茂みや木からしている。  まだふらつくから、肩を貸して。そう言って身を寄せてくる国枝の身体は、細いけれど胴の中に密度の高い筋肉が詰まっている。  公園を出て、背に都会の喧騒を受けながら、未開封の缶コーヒーを片手に、千鳥足は奥渋谷のほうへ向く。 「俺たちって、絶滅危惧種なんだよ。昔、この国からサムライが消えたように、ヤクザももうすぐいなくなる。庄助は、最後の志士になるつもり?」  どこか自嘲気味に呟く国枝の細い首筋を、汗がつうと流れてゆく。この人もニンゲンなんだな、と庄助は妙にドキドキしてしまった。物理的な距離が近いからだろうか。 「最後の志士か……かっこええとは思います、けど」  庄助は、考えながら話し始めた。 「俺、ユニバーサルインテリアに入って間もないし、国枝さんにしたら、何がわかんねんって感じやと思うんですけど。俺、あそこが好きなんです。表の仕事もダルいけど嫌いじゃない。ヤクザとか抜きにして考えても、カゲとか国枝さんが近くにおるのが、普通に楽しいっていうか……」  俯く視界に、二人の靴が映る。夜の街の光を受けて濡れたように光る国枝のそれは、クロコダイル皮のイタリア製だ。庄助の、量販店で買った合皮の靴とは輝きが違った。 「織原組に骨を埋める覚悟あんのか、って聞かれたら、正直わからんけど……あっ。お、怒らんとってください。この先の自分の気持ちが一生変わらん! って自信持っては、よう言わん。でも今、カゲや国枝さんやみんなとおるためには、俺も強くならんとあかんのやろなって思うから、ほな頑張ろって……それだけです」  庄助なりにひねり出した言葉だったが、国枝はなるほどね、と言っただけだった。いつの間にか二人は、個人商店が点在する道に入りこんでいる。  シャッターがまばらに開いているこぢんまりとした商店街は、表通りにこそ多少人は居るものの、裏道は渋谷だとは思えないくらい閑散としていた。国枝はタバコ屋に行くと言うが、彼が吸っているのは、そこらへんのコンビニにも置いている銘柄だ。庄助は少し不思議に思った。 「道こっちであってます……?」  雑草が伸び放題の、人気のない児童公園の前の道をゆく。不安に声をかけると、突然、国枝がぎゅっと肩を抱き寄せてきた。 「く……国枝さんっ!?」 「ふふ、あってるよ。でも……ちょっと寄り道しようか?」  国枝の息が耳にかかると、心臓がドキドキした。  えっ寄り道ってどういうこと? もしかして国枝さん、俺にエッチなことしようとしてる? こんなときに!? なんで!? 様々な疑問が浮かんでは消える。 「あの、あのっ俺……」 「ねえ庄助、ちょっとこっち」  細い指先が、庄助の顎を掬う。そのまま下半身をくっつけるように引き寄せられて、身体が固まる。  いやいや! 国枝さんは、偉い人で仕事できてカッコいいし、モテるしいい匂いするし酒癖は悪いけど大人の男やし、すぐ人の腕を折ろうとするけど気は利くし。  確かに憧れてる。国枝さんは色っぽいイケオジや。でも俺には心に決めた人が……いるわけではない。おらんけども。  おらんっちゅーねん。とにかく人として、絶対あかんねやっ。 「ん、やっ……だめ、ですってぇっ!」  頬に国枝の鼻先が当たって、どうにもくすぐったい。思わず甘い声が漏れた。そのまま滑らせるように、耳たぶにそっと口づけ……られるかと思った寸前で、耳の穴に小さく低い声が入り込んできた。

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