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第四幕 十五、仁義の在処②

「お疲れ様です、遠藤さん」  背の低いヒカリは、首をぐんと反らして景虎を見た。両手にカフェチェーン店のショッパーを下げている。 「暑いしみんな疲れてるし、冷たい物がいいかな~って。飲み物買ってきたんです。遠藤さんたちにはコーヒー……ミルクとシロップもつけてもらってるんで、よかったら使ってください」  言いながら、景虎の身体の向こうにいる庄助をチラチラと覗いている。 「ああ、ありがとう」 「あの……早坂さんもナカバヤシさんも、大丈夫なんですか?」 「大丈夫だ」  言い切る景虎に、ヒカリは怪訝そうな、納得いかなさそうな顔を見せた。 「あたし、詳しく事情は知らないですけど……なんかカイシャ、大変なことになりそうで」 「問題ない。廣瀬さんには迷惑をかけないようにする」 「いや、迷惑じゃないです……でもあたし、普通に早坂さんが心配で。遠藤さんは心配じゃないんですか?」  どこか責めるような口調で、ヒカリは言った。奇妙なことを言う女だ。向田と結託して、庄助を売ろうとしたくせに。許してもらったからってもう友達ヅラか? と、嫌味の一つも言おうと思ったが、うるさく言い返してきそうなのでやめた。景虎は無言で紙袋を受け取ると、踵を返そうとした。 「早坂さんがバニラのフラペチーノで、ザイゼンさんがスパイスティーなんで。間違えないでくださいね!」  頷くと、しつこく念押しするヒカリを押し出すように扉を閉める。弱った庄助を、あまり他人に見せたくなかった。  調理台の上に、ヒカリから受け取った二つのショッパーを置いて、景虎はため息をついた。窓の外は曇っていて、雨が降り出しそうだった。紙袋の中には人数分の、ナカバヤシの分のコーヒーも入っている。ヒカリの気遣いを疎ましく思う自分が、嫌になる。 「庄助」  声をかけたが反応がない。袋から取り出すと、雪のように真っ白いフローズンが、カップの中で溶けてだいぶ柔らかくなっている。景虎は庄助の隣に座った。 「廣瀬さんから差し入れだ」  庄助は鼻をすすると、俯いたままカップを受け取った。瞼を腫らして、いつもの大きくて猫みたいな目は見る影もない。 「辛いならいなくていい。帰って寝ろ」 「イヤや」  ぶんぶんと子供のように首を振る。庄助は、フラペチーノ用の太いストローに口をつけた。透明のカップには、ウサギのイラストにフキダシで『元気出してくださいね』と、黒い油性ペンで書かれてある。ヒカリがバリスタに頼んで書いてもらったのかもしれない。 「庄助は懐いていただろう、ナカバヤシに。ここから先は辛いと思う、だから……」  庄助は顔を上げた。 「ここにおりたい」  いつもより言葉少なな庄助の決意は固そうだった。景虎は、アイスコーヒーに何も入れずにそのまま口をつけると、やっと顔を上げた庄助に少しずつ話し始めた。 「組の中に裏切り者がいると、俺も国枝さんもわかっていたんだ。でも確証がなかったから……ここのところお前を一人にしていたのは、ナカバヤシを誘き出すためでもあったんだ。……すまない」  ナカバヤシは思いの外、周到だった。ウーヤに社員証を貸し病院に忍び込ませるだけでは飽き足らず、埠頭の隠し工場の場所を教えたのも彼だ。庄助の新居にも、盗聴器やスパイカメラをいくつか仕掛けていた。そのためにわざわざ引っ越しの手伝いを申し出たのだろう。 「……ほなら、カゲや親父さんが襲われたのって、やっぱり」 「ピザパーティーのときに、どこで会合をするか聞いてたんだろうな。あの時はちょうどお前の兄ちゃん……萬城がいた。疑いの矛先をむけるにはお誂え向きだったからな」 「わからん、なんでなん……」  それはこっちが聞きたかった。景虎が本格的に組に入る前からの古株のナカバヤシが、今になってなぜ、織原組を裏切ったのだろうか。

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