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第四幕 十五、仁義の在処④
「俺は織原組のこともお前のことも、嫌いじゃなかった。でもよ、俺ぁ古い人間だもんでよ。仁義のありかってのを、探しちまうんだ。そうなったときに、やっぱミズタニさんに恩があるよなって、そう思っちまうんだよ」
「ミズタニ……!? ミズタニって……」
「……わからんよな仁義ってなァなんなのか、もう、今となっては……。ああ、失敗しちまったなぁ……」
真っ赤な口が、ぱくぱくと浅い息をする。ミズタニ。矢野から聞いた名前を思い出す。景虎の母を死に追いやった、元織原組の男の名だ。そいつの名前が、なぜこんな時に出てくるのだろうか。
「全然わかりません……! ナカバヤシさんがミズタニと繋がってるとして、なんでカゲじゃなく俺を連れて行こうとするんですか?」
「……ふはっ! これだからどうしようもないバカは……くくくっ」
ナカバヤシは呆れたようにくつくつと笑った。
「庄助、お前はよ。自分がなんで織原に雇われたのかわかってねえのか?」
不思議なことを聞くナカバヤシに、庄助は目を丸くした。
「……なんでって、だって俺はヤクザになりたかったから……」
「かかっ。いくら人手不足とはいえ、お前みたいな、ケンカもさして強くねえ、金も頭もねえ田舎者がヤクザになれると思うのかよ。おめでたいよな、ホント……はあっ、クソ……内臓が、痛ぇ……」
その時、庄助の背後のドアがゆっくりと開いた。地獄の門のように蝶番を軋ませながら、隙間から顔を出したのは国枝だった。雨も降っていないのに、黒いレインコートを着ている。頭から被ったフードの影に、いつも通りの眠そうな眼差しがある。
「……国枝さん」
国枝の革靴が、血でできた池を踏んだ。死神がいるとしたらこんなふうに違いないと、庄助は思った。国枝を睨むナカバヤシの|蜆《しじみ》のように小さな目が、怒りと怖れと困惑に揺れた。
国枝は、手に簡易バーナーとペンチを握っていた。あらゆる恐ろしいことを瞬時に想像して、庄助の目から涙が溢れた。
「く、にえだ……ァ」
ナカバヤシの、乾いた血と吐瀉物がくっつきひび割れた唇が動いていた。しゃがんで覗き込むと、時間の経った傷が膿み始めているのか異臭がして、国枝は顔をしかめた。
「……ね、ナカバヤシさんだって、ホントはこんなことに上役が出てくるべきじゃないってわかってるよね。でも俺はあなたを気に入ってたからさ。今も楽しい人だって思ってるし、それは変わらないんだよ」
「……はッ。若造が偉そうによ……昔のやり方をやめて芋引いて正業で稼いで、そんなもんはヤクザじゃねえわ……」
「そうだよね……わかる。今のヤクザを見てると、ミズタニさんの苛烈さに焦がれる気持ちも、すごくわかるよ。お望み通りにしてあげる。楽に死ねると思わないでね」
かちかちという機械的な音とともに、バーナーの先端が火花を吹いた。
「待ってください!」
庄助が国枝の背中に取り付く。着火寸前だというのに、なりふり構わず必死に縋り付いた。国枝は指を止めると、いつものように物腰優しく、庄助を見つめた。
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