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第四幕 十五、仁義の在処⑤

「ナカバヤシさんが死なないで済む方法が一つだけあるよ、庄助。手足を根っこからぶった切って、目と声帯を潰して、二度と悪いことをできないようにすれば、生きたまま帰してあげられる」 「あっや……あ……うぅっ」  言葉が出ずに、ただ首を横に振った。それを何でもないことのように言う国枝が恐ろしくて、歯の根が合わない。極度のストレスで耳鳴りがずっとしていた。ヒカリに差し入れてもらったバニラフラペチーノの甘さが、胃酸とともに急激に喉にこみ上げる。庄助は口を押さえた。ナカバヤシの身体に触れた際に付着した血の匂いがする。 「騙されるなよ庄助、そいつはお前のぢギィッ」  一瞬のことだった。国枝はバーナーの先端でナカバヤシの顎を持ち上げると、反対に持ったペンチで上唇を捻り切ったのだ。  ぺちょ、と間抜けな音を立てて、肉片はコンクリートの地面の上に落ち、少し遅れてナカバヤシは獣のような唸り声をあげて悶絶した。目をひん剝き、額に大量の汗と青筋を立てて、顔の真ん中からどばどばと真っ赤な血を吹き出させては、崩れ落ちた。   「あ。ごめん、聞く? 聞きたかった?」  固まって動けない庄助を振り返って、国枝は首を傾げた。知らず知らず握りしめた庄助の手のひらは、爪がきつく食い込んで傷になっている。  国枝は、地面に額を擦り付けるようにして苦しむナカバヤシに、問いかけた。 「もっかい言ってよ、庄助がなんだって?」 「死、ヒ……ね、ぐにえだっ! お前ボ、脳ビそまきちダして、ぐるじんで、死ねっ」  唇を失い剥き出しになった真っ赤な歯茎の隙間から血の飛沫を吹きながら、ナカバヤシは呪詛を溢した。 「もちろん。その時がくれば」  返り血のついた頬を少し緩めると、国枝はナカバヤシの鳩尾をスラックスが汚れるのも構わず足先で何度も蹴り込んだ。壁と革靴の間で内臓を潰され、赤茶色の反吐を吐いたナカバヤシは、ついに何も話さなくなった。 「ひ……」  自分の息を吸い込む音で、かすかに我に返った。恐怖に歪んだ顔が、もう元に戻らないのではないかと怖かった。 「庄助」  バーナーとペンチを地面に置くと、死神は庄助に笑いかけた。黒いレインコートが、血を浴びてぬめる。思いつきのように、彼は言った。 「そうだ、庄助が殺してあげない?」 「や……やだぁ……、う、あ゙っ……」  拒絶と一緒に胃液が溢れて地面に落ちたけれど、国枝は気にも留めなかった。 「どうして? もう指も耳も唇もないんだよ。かわいそうだよ」 「はあっ、はあっ……は、俺、でき、ませっ」 「そう? じゃあバーナーで止血してから、ナカバヤシさんにもう一回最初から、お話してもらおうかな」  残酷な言葉に、頭がガンガン痛んだ。国枝はスラックスのポケットからハンカチを出して、庄助の唇をそっと拭ってやった。柔軟剤とかすかなタバコの匂いは、庄助の好きないつもの国枝の匂いだ。 「もう……っ、もうやめてください……」 「泣かないで、深呼吸して……そう、いい子だね。怖いよね、誰だってそうだよ。俺も最初はそうだった」  ぎゅっと抱き締められて、ますます混乱した。落ち着いた低い声が、耳に忍び込む。Tシャツの繊維に返り血が染み込んで、どす黒く変色してゆく。 「俺はね、単純に興味があるんだ。庄助がこの先どうなるのか」  どこから取り出したのか、国枝は短刀、任侠映画で言うところのドスを持っていた。白い鞘から抜くと、庄助の震える手にそれを握り込ませる。驚くほど、触れ合うお互いの指が冷たかった。 「ナカバヤシさんを殺して、俺や景虎と同じ場所に立つか。それともキレイなままでいるか。庄助が自分で決めるんだよ」  泳がせた目が、ナカバヤシの赤い身体をとらえた。自らの吐いた血反吐の海で溺れそうになっている。甘いバニラの胃液が喉につっかえて苦しい。

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