386 / 386

【番外編】ヒカリ、リスタート③

 経理のザイゼンさんは、ちょっと強面だけど、背が高くてきっと細マッチョ(希望)で、しかもシゴデキの三十五歳。ペーペーの平社員の早坂さんの代わりに、掃除用具を片付けてあげるなんて、なんて優しい。 「あ、ヒカリちゃんも忘年会行くんやっけ?」  こちらを振り向いた早坂さんの言葉を聞いたザイゼンさんは、少し驚いたふうだった。 「ほうなん、廣瀬さん。ほんまに大丈夫か? むさ苦しいし、ぶちやかましいど」 「あっ、そォッ……そんなっ、大丈夫ですあたし、やかましいの大好きです!」  自分でもなに言ってるかわかんないけど、とにかくブチヤカマシード、いただきました。実績解除です。  ザイゼンさんの低音イケボから繰り出される広島弁の栄養価が高すぎて、倒れそうになる。方言男子良すぎだろ。しかもさあ、これあたしに向けて言ってるんだよね。  う~っ、幸せ、来てよかった。こんな年末に掃除なんてクッソダルいし、風邪引いたことにしようかと思ったけど、真面目にやってよかった~。 「ほんなら、はよ終わらせて飲みにいこや~!」  早坂さんが、あたしのモップを奪い取った。店は予約してるから、時間は変わらんっつーのに、バカ。  でも、はやく終わらせれば万が一、余った時間でザイゼンさんと二人でお茶とかできないかな。できないよね。絶対にあたしの誘いには乗ってくれないもんね、だがそれがいい。ザイゼンさんは基本が塩対応だからいいんだ。自分だけに優しいヤクザなんてありふれたモンじゃなく、自分にも別に優しくないヤクザなのが、たまらなくメロいんじゃん!  ……いや、ホラ。ザイゼンさんに対してはあたし、社内恋愛ってより推しという感覚で接してるから。これに関しては見返りを求めない愛情なの。ダブスタとか言わないで。 「じゃあトキタさん。今日は新人たちが来るし、一気飲みはやめましょう。国枝さんに飲めって言われたら、ウイスキーのふりしてウーロン茶飲んでください」 「あ? 景虎おまえ、俺がそんなずりぃキャバ嬢みたいな真似すると思ってんのか? それにバレたら死ぬだろが! 死ねって言ってんのか俺に! じゃあ死ね!」  トキタさんはなぜか突然キレて、持っていた雑巾を遠藤さんに投げつけた。野球部出身の自慢の肩から繰り出される豪速球を、バシッと音を立てて受け止めた遠藤さんは「投げないでください」と言いながら投げ返す。いつの間にかそこに早坂さんも加わって、三人で雑巾のキャッチボールが始まってしまった。  これ小学校で見る光景じゃん。成人してからやってるの嘘でしょ。バカ?  あまりのことに唖然とした。けれど、窓から差し込む冷たい昼の光に室内の埃がキラキラうごめいて、なんかスノードームみたいで、それが不覚にもエモいと思った。 「あ~、ヒカリちゃんも、今日は飲み過ぎないようにな。辛かったら途中で帰って全然いいから。タク代くらいは出すからよ」  ナカバヤシさんが寄ってきて、内緒話みたいに人さし指を立てて、困った顔で笑う。その左手には、小指がない。それを見てなぜだか、この歳も倍以上はなれた、大きなハゲ頭のおじさんが可愛く、愛おしく感じた。 「ふふ、ありがとございます! きっと大丈夫です」  まったく真っ当じゃない、ここのみんなを見ていて思う。普通の社会人としてやってけない人ばっかりだ。  そんなはみ出し者の仲間に入れてもらってることが、同じくはみ出し者のあたしは心地良い。ヤクザなんだから、社会的には悪い人たちなのかもしれないけど、一人一人と話すと嫌いになれないよ。  彼らと共犯みたいな今がちょっと楽しい。ね、来年はもっと頑張るから、お給料あげてほしいな。 ◇  布団を被って、あたしは震えている。飲み会に参加したことを、家に帰ってからやっぱり後悔していた。  あのあと、調子に乗って雑巾を投げまくっていたトキタさんが、窓ガラスを一枚割ってしまった。窓自体は、年末対応している業者さんを呼んでなんとかしたものの、トキタさんは飲みの場で、国枝さんに粛清されてしまったのだ。  あのならず者のボス、止めなかった景虎と庄助ももちろん同罪だよ~。とかなんとか言って、それで……。  ああこわい。人間の腕って、あんな方向に曲がるんだ……。皮膚ってちぎれる寸前までねじると、あんな色になるんだぁ……。ヤクザこわぁ、もう千葉に帰りたいかも……。  で、今これ。テンション低く枕元でいじくるスマホの画面の中。カメラロールには、寒い夜の空の下で、ぐったりしたトキタさんを抱えながら、タクシーを呼ぶザイゼンさんが何枚も写っている。かっこいい。しかもこの時、あたしが寒がってたらカイロくれて。そのカイロがこちらです。 「はぁ、もう……」  もう冷え切っちゃった使い捨てカイロに頬を寄せて、あたしは胸に誓った。  ザイゼンさんしか勝たん。来年は家に祭壇作ってこのカイロ飾る。そのために、部屋の大掃除をしようって、ダルいけど立ち上がった。  袖をまくって、左手首のタトゥーにちいさくおまじないのキスをする。あたしはもう、泣き虫ウサギじゃないんだ。

ともだちにシェアしよう!