393 / 398

第五幕 二、途絶えた轍に餞を②

「巻き込むなってのは、今さらじゃない? あの子は自分から行動してる。組のためにね」 「はい……仰る通り、今さらです。あいつがヤクザだとかカタギだとか、そんなことよりも……。俺が、庄助のことを好きだから。組のことで、あいつが傷つくのが嫌なだけです」  へえ、と国枝は興味深そうに眉を上げたが、すぐに吐き捨てるように言った。 「織原の虎ともあろうものが、組よりも色恋を選ぶんだ? 今度は指じゃなく、腕を丸ごと折ってあげなきゃいけないかな」 「事が終わってから、いくらでも折ってくださってかまいません。後生ですから、本当のことを話して下さい」  静かに睨み合う二人の脇を、煙が通り過ぎてゆく。数秒の沈黙ののち、糸が張り詰めるような緊迫感を断ち切ったのは国枝の方だった。 「……まあ、ここでお前の機嫌を損ねるのは得策じゃないのかな」  国枝がタバコを灰皿の縁で叩く。 「俺が言えるのは……そうだね、庄助は織原にとって、大事な切り札だってことだけ」  強い突風が吹く。日よけが、女の悲鳴のような音を立てた。 「切り札……? じゃあ庄助を織原に引き入れたのは、最初からそのつもりだったということですか」 「少なくとも、悪意をもってどうこうってのはないよ。俺も、矢野さんも、庄助のことは可愛い。こちらに引き入れたからには、ちゃんと見守ってやりたいと思ってるよ。極道なりにね」 「悪意がない? ナカバヤシを殺させようとしたのに……?」  怪訝そうな声に、国枝は吹き出した。赤いスタンド灰皿に、短くなったタバコを落とす。ポトンと着水する音が聞こえた。 「あはは! だから極道なりにって言ってるでしょ。あれはね、俺が個人的に庄助がどうするのか見たかったんだよ。なにせあの子は番狂わせだ。追い詰められた時の傾向だけでも、知っておきたいじゃない? 誰かさんに邪魔されちゃったけど」 「詭弁にしか聞こえないのですが」 「そうでもないよ。庄助はバカのくせにやることが読めない……いや、バカすぎて読めないのかな。川濱組のタニガワのことにしたってそうでしょ。俺たちだけだったら、誠凰会と織原組(ウチ)の襲撃を発端に、間違いなく抗争に発展してた。それをあの子がタニガワを、文字通り口説き落として口を割らせた。起き得なかったことが起きてるんだ」  そういえばあのタニガワとかいうおっさんは、庄助扮するしょこらちゃんのパンツを脱がせて奪ったまま、襲撃に遭って仲間もろとも事故ったのだ。  死んだのだろうか。だとしたら腹が立つ、殺してやりたい。庄助のパンツを抱いて死ぬなんて、そんな幸せな結末はヤクザには似合わない。一回生き返してパンツを奪い返し、その後でもう一度車で轢き潰すなどして、安らかに眠らせてやりたい。地面のシミに生まれ変わらせてやりたい。  タニガワの厭らしい薄ら笑いを思い出した景虎は、虚空を睨んだ。 「何その怖い顔。不服そうじゃん」 「いえ、ちょっと別のことを考えていました。……俺には、難しいことはよくわかりません。国枝さんや親父が庄助を傷つけるつもりがないのなら、それでいいんです」 「あれ? そなの? 意外とチョロいね」 「はい、国枝さんはこれ以上詰めたとして、正直に答える人じゃない」 「よくわかってんじゃん。まあね~、俺にだって、矢野さんへの忠義ってもんがあるからさ」  組の面子のために命を賭けるのは馬鹿だと、国枝は言う。しかし、その馬鹿に死ぬまで付き合うのが、彼が矢野に誓った忠義だという。  この人も相当変なおっさんだ。景虎は改めて思う。  国枝は、家庭のことはからきし何もできない矢野に代わり、子供だった景虎の面倒を見てきた。  勉強や様々なことを教えてもらった。箸の正しい持ち方、人間の急所、常用漢字や因数分解に、法律の抜け穴、人体の破壊のやり方。彼はいつだって面倒くさそうな顔で、でも手は抜かなかった。さまざまなことを教わったわりに、身についたものは暴力だけだったが。  どんな気持ちで自分にそれらを教えてくれていたのだろうかと、初めて考えた。  景虎は少し表情を緩ませて、頭を下げる。

ともだちにシェアしよう!