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第五幕 二、途絶えた轍に餞を③

 景虎は少し表情を緩ませて、頭を下げる。 「国枝さん。いつも面倒を見てくださって、ありがとうございます」 「えっ、なんでそれ今言うの? こわ……」 「いつ死ぬかわからないので、言えるうちに」 「あははっ、バカ。不吉なこと言うのやめてよね」  国枝は困ったように破顔した。 「それにしても景虎、この数ヶ月で人間臭くなっちゃってまあ。恋は人を変えるってことかな」 「はい。俺は自分が人間であることから、逃げないって決めたんです」 「なにそれ……ほんと、生意気になったね」  ほくそ笑む国枝の言葉の端から、微かな優しさを感じた。  小さな雨粒が頬を叩く。とうとう降り出したようだ。  裏口からビルの中に入ると、室内の方が湿っぽい気がした。二人でエレベーターに乗り込み、軽口をたたく。空きっ腹にタバコを二本も吸って胃が痛いだとか、いつもと変わらない会話だ。ここしばらく色んなことがあって、まだ何も解決していないというのに、日々は変わらない。  ドアベルを鳴らして事務所に足を踏み入れると、デスクでパソコンに向かっていた|廣瀬《ひろせ》ヒカリが顔を上げた。トキタとザイゼンの姿はない。諸々の証拠隠滅に、走り回っているのだろう。 「庄助は?」  景虎が見下ろすと、ヒカリは一瞬ひるんだ後、咳払いをして続けた。 「あ、早坂さんなら外です。本格的に台風が来る前に担当回るって。夕方までには帰ってくるって言ってました」  裏で何があろうと、正業を止めるわけにはいかない。なにしろユニバーサルインテリアは、ヤクザとは全く関係のない、クリーンな企業という体なのだから。  どこかからの電話に出ていた国枝は、通話口を手で覆うと、景虎とヒカリの両方に話しかけた。 「隣の休憩室。今から掃除業者入るから、ちょっとうるさいかもしれないけど、よろしく。ヒカリちゃんも今日はキリのいいとこで上がってね」 「……はぁい」  国枝の言葉に、ヒカリは頷いた。隣の部屋で最期を迎えたナカバヤシの、生きていた痕跡を消す。その業者が到着したようだった。  ヒカリはナカバヤシの件を理解はしているようだが、深く聞かなかった。怖いのか、それとも何とも思っていないのかはわからない。ただただ得心のいかない表情を張り付かせて、青白い光を放つパソコンのモニターを睨んでいる。  通話しながら事務所を出てゆく国枝の背中が、とうとうドアの向こうに見えなくなった。ヒカリと二人になった事務所内は、やけに広くと感じる。  庄助は大丈夫だろうか。何回も捕まってひどい目に遭っているから、そろそろ自分の身の守り方も覚えているはず……というのは、楽観的すぎるかもしれない。  良くも悪くも、庄助は引きずらない。失敗に対して悔やむことをあまりせず、クヨクヨしないからこそ、学習しないのだ。しかし景虎は、庄助のそういった脱走を繰り返すハムスターみたいなところも、愛おしいと思う。が、毎度心配で胃が痛むというのは、相棒のあり方としてどうなのだろう。  考えながらふと、何気なく。ナカバヤシがよく使っていた、窓際のデスクに目を遣った。日に焼けたビニールマットが、黄ばんでいる。彼がここにいた形跡はすでにない。私物もすべて引き揚げてしまった。 「遠藤さん。あの……」  ヒカリが遠慮がちに手招きした。

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