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第五幕 二、途絶えた轍に餞を④
「あたし今、ナカバヤシさんの使ってたパソコンの、使用履歴の照会をしてるんですけど」
そう言われて、後ろからモニターを覗き込む。数々の暴力沙汰で角膜が剥がれ、乱視の入っている景虎には見えづらい。ヒカリの脇のデスクに手をついて、画面に顔を近づけた。
「ちょ……っと、近くないですか?」
ヒカリは景虎を振り返って、嫌そうな顔をした。
「ん……そうか? すまない」
「もうちょっと、離れてもらえると。あたし、苦手なんです。顔のいい男の人って」
褒められているようで、すごく理不尽なことを言われている。
景虎にこういった、あからさまに嫌そうな態度を取る女は珍しい。美形だからというのもあるが、そもそも刺青の入った大男だ。普通は怖いだろう。やはりヒカリも、こんな組織に馴染んでいるだけあって変な女だ。
景虎は苦虫を噛み潰したような顔で、ヒカリの後頭部付近から身体を離した。
「それで、ナカバヤシさんなんですけど。おうちで猫ちゃん飼ってたんですよね?」
「ああ」
景虎は頷く。ナカバヤシは、三匹の猫を飼っている。離婚した家族に押し付けられたと言っていたが、彼がものすごく可愛がっていたのを、みんなが知っている。この前も『ブチコちゃん』という白キジトラの猫の避妊手術後、早上がりして病院へ迎えに行っていたのを憶えている。
「ブクマを辿ってみたんですが、いくつかの里親サイトに登録してる形跡と、DMの履歴が」
画面を見てみると、猫の里親サイトでのナカバヤシと様々な相手とのやりとりの履歴が、ずらりと並んでいた。ナカバヤシの仕事の環境が変わるから飼えなくなるため、猫たちを引き取ってほしいという内容で、今年の春頃から登録しているようだった。
ナカバヤシの飼っている猫たちは仔猫ではないから引き取りたいという人間は少ないが、それでも粘り強く、身元のきっちりしていそうな人間に絞って、交渉している様子が文面から見て取れた。
「二匹は引き取り手が見つかって、もらわれていったみたいですね。この白キジトラの子だけ、まだだけど……。ねえ遠藤さん。ナカバヤシさんはもしかして、こうなることをわかってたんでしょうか」
「……さあな。わかることは、ナカバヤシが会社のパソコンを思い切り私用に使っていた事だけだ」
「遠藤さんだって、真面目な顔して動物の動画ばっかり見てるくせに」
バレている。景虎は口を噤んだ。ナカバヤシにしたって、スマホでやりとりすればいいものを、わざわざ社用のパソコンでやっていたなんて。機械が苦手で、毎日誰かに操作を手伝ってもらっていた、腰の低い禿頭を思い出す。つい先日までそこに居たのに。
景虎が一度仔猫の時に会ったきりの白キジトラのブチコちゃんは、誰も居なくなった部屋で、餌をくれる太った同居人の帰りを待っているのだろうか。
「なあ廣瀬さん。俺も少し出てくる」
景虎は、低い声でヒカリに告げた。ヒカリはそこで初めて顔を上げ、景虎の目を見て言った。
「お気をつけて。遠藤さんも早坂さんも、ちゃんと帰ってきてください」
マウスを掴む小さな手、ネイルのない白い指先が、震えていた。
窓の外は、昼だというのにすでに暗くなり始めている。本格的な嵐の予感に、街はそれぞれに準備を始めていた。
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