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第五幕 三、暴虐と意地③
「おいウーヤ、ふざけてる場合か。どうしてさっさと降りてこなかった」
ウーヤは折り曲げていた身体を起こすと、細い目をさらに細めた。彼が身体を動かすたび、薬草とケミカルをごちゃ混ぜにして燻したような、奇妙な匂いがする。水責めをされていた庄助を、嘲笑ったあの男だ。
「どうしてって、俺にも色んな準備があるだヨね。はやく“巣立ち”たいからって、メチュは真面目にやりすぎだよ」
「私はお父様のためにやってるだけだ」
メチュと呼ばれた少女は黒いマスクを引き上げ、位置を正した。ウーヤと同じく、こいつらの間のコードネームであろうか。
「お兄さん、久しぶりだよネ。おうちに送った花束は、気に入ってくれたかな」
庄助は思い出した。景虎のアパートに送られてきた、あの毒々しいオレンジの百合の花と、首の千切れたラッコのキーホルダー。あの忌々しい贈り物のせいで、庄助たちはアパートを出る羽目になったのだ。
「あれ、お前が……? なんで、何のためにっ!」
「ん~? 仲間たちがお兄さんの組のヒトにお世話になったから、そのお礼だよね」
噛み付かんばかりの勢いで食ってかかる庄助の目の前で、ウーヤはケラケラと笑った。
仲間とは、庄助を水責めした男たちのことだろう。そっちが先にやったくせに! と、キャンキャン喚き立てる庄助の顔をじっと見つめると、ウーヤは割れた舌先でペロリと舌なめずりをした。
「そうだ。……この子の身体検査はちゃんとした?」
「はい、武器を奪っておきました。こいつ、ドスを隠し持っていたので」
庄助を押さえつけていた職員の男が、自分の手柄であるかのように素早く答えた。ウーヤは首を傾げると、庄助の背骨に指先をつうっと滑らせた。
「ふぅん。身体の中も、調べたんだヨね?」
指の下で、庄助の汗で濡れた肌が跳ねるのを感じて、ウーヤは鼻で笑った。
「身体の中、ですか?」
「嗯 。お尻の中までちゃんと見たのかって、聞いてるだヨ」
冗談じゃない。庄助は持てる力を振り絞って跳ね上がった。まだ右の腕全体が麻痺したように痛むが、もはやそんなことは言っていられなかった。
しかし、庄助の抵抗など想定内だったのか、すぐに左右の職員たちに体重をかけられ、再び冷たくざらついたボンネットに顔面を押し付けられてしまった。
「ぐ、うぅっ……!」
頬の肉が潰れる視界の端、辮髪に引っ張られて吊り上がった、爬虫類のようなウーヤの目がねっとりと光る。
「いえ、それは……まだです」
「ダメだねえ。自爆テロに使われるプラスチック爆弾だって、身体の中に結構な量を隠せるもんだヨ。危機感を持たなきゃ。ねえ、メチュ」
ウーヤがわざとらしく溜息をつく。メチュは嫌そうに眉をひそめた。
「い、いやや……やめろ、なんも入ってへんて……っ!」
庄助は屈辱と恐怖でパニックになった。こんなわけのわからない連中に、身体の中を弄くり回されるくらいなら、肩を外されたほうがよほどマシだ。
必死に身体をひねって逃げようとするが、職員の男が庄助の腰骨に膝を乗せ、体重をかけてくる。
「ごっ……」
「啊 、ここのキスマーク、随分新しいだねェ。昨日、よっぽど激しかったのかな」
景虎のつけた背中の噛み跡をなぞられ、庄助は怒りに震えた。
「……うっさい! 俺にさわんなっ!」
「哈哈哈 ! じゃ、俺はちょっと用で出てくるから。検査のほう頼んだヨ。また会おうね、お兄さん」
ウーヤは踵を返すと、足を引きずるようにして、通用口から蛇のようにぬるりと出ていった。
「クソ……クソがっ……」
庄助が荒い息を吐きながら首を捻ると、無機質な目でこちらを見ているメチュたちが視界に入った。
庄助をここに運んだ因縁のセダンのボンネットに、嫌な汗がぽたぽたと落ちた。
耐えるように、奥歯を噛みしめる。外の雨はいっそう、喧しさと激しさを増すようであった。
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