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第五幕 四、タイガー・アンド・ゴースト②
「……ずいぶん肩を持つが、あんたは萬城さんとはどういう関係なんだ?」
「ええ? シズくんと僕かい?」
きゅうりを食べ終わった化野は、意外そうな声を出し、少し考え込むような素振りをした。
「う~ん……ビジネスパートナー? いや、違うかな。なんだろうね?」
「なんだ、そんなに複雑なのか」
「いんや、考えたこともなかっただけでね。彼が僕に向ける感情は、なんというか独特だから」
聞きたいのは感情ではなく、二人がどう繋がっているのかだった。が、まあいい。どうせ化野“も”本当のことを言わない人種だ。
少し目を離すと、今度はペットボトルの麦茶を勢いよく飲んでいる。相変わらず、常に何かしらを口にしている男だ。
景虎は次に、背の低いキャビネットの引き出しを開けた。何かが軽くつっかえている。束になった封筒を、輪ゴムで括ったものだった。
花や子犬など、様々な模様が描かれた封筒たちの上には、いずれも『府中刑務所検査済』という無骨な赤い判が捺されている。
中を見てみる。
ナカバヤシは数年前に酒に酔ってカタギと喧嘩になり、一年半ほどのションベン刑を食らっていた。ちょうどその頃、家族が服役中の彼に宛てて書いた手紙のようだった。
『そちらの生活、少し慣れましたか。籍は抜いたけど、子供たちも私もべつに、おとうさんを嫌っているわけじゃないからね。安心して、しっかりおつとめしてきてください……』
女性のものと思しき、丁寧なボールペンの文字だった。いずれも、他愛ない日々の報告や子供たちの学費のことなどが書き綴ってある。そのうちの一枚を見て、景虎は手を留めた。
『おとうさんに朗報です。■■さんが帰ってきたと聞きました。■■■■で■■■■■■されたそうだけど、■■■■になったって。ホッとしました。私、本当のこと言うと■■さんじゃなくて、■■さんが■■になればよかったのにって思ってる。■■■■■■だって■■に決まってる。■■さんが■■■■■■たなんて……』
文字の多くを黒く塗り潰された上に、封筒と同じ検査済みの判が捺されている手紙は、ことさら異様に見えた。いつの間にか背後から覗き込んでいた化野が、景虎の手からそれをそっと奪った。
「こりゃコピーだね」
指で表面に触れ、窓から入る自然光に透かしてから、化野は言った。
「コピー?」
「知らないかい? ムショの中で手紙を貰うとき、都合の悪いことは刑務官が塗り潰しちゃうんだ。それでもペンの溝やインクの質感の違いで、書いてることがわかりそうな時は、こんなふうに塗り潰した上でコピーをとって、それを受刑者に渡すのさ」
「ずいぶん詳しいんだな」
「ひひっ、そうだろう。ま、年の功さ」
つまりこの手紙の黒塗りの部分は単なるトナーの層であり、原本がなければ読み解くことができないということだ。それでもなんとなく、景虎にはこの手紙の内容がわかる気がした。
「シズくんがいないこの機会に、聞いておこうかな。遠藤くんは、もしミズタニと顔を合わせたら、何がしたい? 殺したい? それとも謝罪してほしい?」
手紙を景虎に返すと、何かを察したように化野が問うた。デリカシーの欠片もない口ぶりが、今は逆に楽だ。
「……わからない」
実際に会ってみないと、どういう気持ちになるかはわからない。殺したくなるかもしれない、考える前に手が出るかもしれない。もしかしたら、何もできないかもしれない。
「でも、会う必要があるとは思う」
母が死ぬ前から、ミズタニに対してずっと、押し殺してきた気持ちがある。景虎本人ですら忘れていたような深い場所にあるそれは、ひとたび立ち入れば身体が灼け溶けて死ぬ、マグマ溜まりのようだった。
しかし、ヒトとして、庄助と共に歩みたいと願うのなら、そこからもう目を背けていてはいけない気がしていた。
「そうかい。だったらまず、ここから出ないとだね」
のんびりと、化野が呟く。雨どいを通る水の音が、滝のように大きくなっていた。
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