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第五幕 四、タイガー・アンド・ゴースト③

「……意外と早かったな」 「なにせこの台風だからね。向こうも焦ってるのかもよ。さあ……えーと名前なんだっけ、猫ちゃんおいで~」  化野が液状の猫用おやつを開封すると、景虎の足元でくつろいでいたブチコちゃんが目の色を変え、立ち上がった。  先ほど化野がやっていたようにそっと、景虎がカーテンの隙間から外を覗き見る。窓はすっかり雨に濡れ、向こうの景色が滲んで見える。音も視界も何もかもが嵐に隠される中、殺気を孕んだ不穏な気配が、部屋を取り巻いていた。  景虎も化野も同じものを感じているらしく、二人はどちらからともなく目配せをした。  ブチコちゃんをキャリーケースに誘い込むと、化野は素早くジッパーを閉める。それとほぼ同時に、窓の方でガタンと大きな音がした。 「待って」  反射的に飛び出そうと身じろいだ景虎の腕を掴み、化野は声をひそめた。 「この盤面は、挟撃がいいと思わないかい? 窓の両サイドで待ち構えるんだ」  確かに。と、景虎は頷いた。  ここへ来た本当の目当ては、猫でも室内の調査でもない。ナカバヤシの死を知って、引き上げに来る敵と遭遇するためだ。次こそは根城へ案内してもらう。目的も吐かせる。  今ここにいるのが、化野で良かったかもしれない。遠慮することなく暴れられる。 「さすが、探偵だ」 「こちらこそ光栄だよ。織原の虎とタッグを組めるなんてね」  隠れる場所のほぼない狭い部屋の中、それぞれ身を低くし、息を潜める。  クローゼットにキャリーケースごと押し込まれたブチコちゃんが、耳を伏せた。メッシュ越し、緑色の瞳が暗闇に光る。その時、不意に雨風の唸り声が強くなり、窓ガラスが音を立てて砕け散った。  大きく割れた隙間から嵐が室内に入り込み、一瞬にして気圧が変わる。バキンと大きな音を立てて、サッシのあたりから、手斧が引き抜かれて行った。  ざり、と粉々になったガラスが、ゆっくり踏みつぶされる音がする。最初に動いたのは、化野だった。室内に踏み込んだ二つのシルエットのうち手斧を持った方に、影の中から腕を伸ばし掴みかかる。 斧を振り上げる間も、声を上げる間すらなかった。男の首根っこを掴むと、圧倒的な力で引き寄せ、壁に叩きつけた。一度、二度、三度と、顔が壁でひしゃげるたびに、部屋全体が揺れるようだった。  鈍重そうに見えた化野が、瞬く間に制圧してゆく。そのスピード感に少し目を見張りつつ、もう一人の方へ牙を剥く。  景虎は大きなプラスチック容器を掴むと、相手の顔に向かってぶん投げた。 「うわっ……!? クソッ!」  振り上げた平バールに当たって容器が割れる。猫用トイレの中身が、ばらばらと溢れた。  強烈に鼻を刺す排泄物の匂い。容赦なく、猫砂が襲いかかる。その隙に、景虎がキャビネットの影から一歩躍り出た。激しい雨が全身に吹き付ける。  尿を吸って膨れた砂の間から、景虎の腕がぬうと伸びる。胸ぐらを掴み引き寄せると、男を窓枠に向けて一気に押し倒した。 「ひ……っ!」  横向きに倒れた眼前に、窓枠に残るガラスの鋭い切っ先が光った。もう後数センチずれていれば、横面を差し貫いているところだった。  景虎は男に跨ると、奪った平バールを彼の側頭にひたりと当てた。 「質問に答えろ」  逆光。美術品のように美しい景虎の顔が、排泄物の匂いの満ちた空間に、白く濡れ光る。 「お前たちのボスは、ミズタニという男か?」  景虎の質問に、男は曖昧に首を動かしてみせた。改めて見ると、浅黒い肌の純朴そうな若い男だった。しかし、そんなものは関係ない。 「あ、が、うわあっ……!」  平バールの先を、耳の穴に引っかけて捻り引く。軟骨ごと、男は片耳の大半を呆気なく失った。 「イエスかノーだ。いいか、しっかり答えないと、お前たちはなくなっていく。少しずつだ」  何がなくなるのかは聞けず、男はただ必死に頷いた。もう一人を組み敷いている化野に目配せをすると、どこにそんな余裕があるのか、肩をすくめて見せた。

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