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第五幕 五、デビル、わかる①
「に……兄ちゃん……っ?」
家具の一切のない部屋の、コンクリートの床に座り込んだ、男とも女ともつかぬ長い金色の髪。一瞬、大きな人形かと思った。
項垂れたその先のうなじにある黒い蠍のタトゥーを見て、庄助は悲鳴のような声を上げた。
先ほどまで、腹の中を調べられていた恥辱など、一気に吹き飛んでしまった。
間違えようもない。そこに静流がいた。
顔は見えないが、彼が纏っている薄青の病院着のような衣服は、庄助が着せられているものと同じだった。背筋に怖気が走ったが、それよりも瞬間的な怒りが勝 った。
「うぶっ……!」
背後の男の顎に、思い切り後頭部をぶつけた。混乱と恐怖で押し潰されそうになりながら、駆け出す。気持ちばかり先走って、足がもつれるのも構わず、前へ。
「離せっ! なんで、兄ちゃんが……っ」
職員たちの腕が、庄助の肩に、髪ごと頭に、次々と絡みついてくる。それでも、必死に静流のもとへ行こうと藻掻いた。
顔を掴みに伸びてきた指に、考えるより先に噛みついていた。メキメキとそのまま、骨ごと噛み潰す勢いで顎を締めた。
「この……ガキッ!」
庄助の膝が、がっくりと折れる。眼下に青白い光が見えたと思ったら、もう膝が崩れていた。脇腹にスタンガンを当てられ、庄助は顔面からコンクリートに沈み込んだ。
「がぅ、っ、きゅ、うぐ……!」
顔をぶつけた痛みよりも、勝手にピクピクと動く腕や胸の筋肉が不快だった。自由の効かない身体が、また拘束されてゆく。
静流の隣、三十センチほど離れた壁際。コンクリートの床から突き出したリング状のアンカーボルトに、後ろ手に固定される。声すら出せず、されるがままであることが悔しくて、涙が流れた。
「お前たち二人、お父様の到着まで大人しく待っていろ」
メチュは、倒れた庄助の耳にそう吹き込むと、職員を引き連れて部屋を出ていった。去り際に、太腿をプラスチックのパイプで叩かれたが、呻くことすらできない。
尻の奥まで荒らされた感覚だけが、やけに残っていた。
身体検査という名の嫌がらせの後、メチュに小突かれながら入った、二階の奥の部屋。どうしてこんなところに、幼馴染の姿があるのだろうか。
……先ほどまでうるさかった雨の音が、全く聞こえない。防音が効きすぎているのだろう。自らの荒い呼吸の音が、やけに大きく聞こえた。
指先が徐々に力を取り戻し始めた。横たわったまま腕を振ると、ガチャガチャと金属の音がした。首を後ろに限界まで捻る。手錠の鎖とボルトに無骨な南京錠が噛み合っている。引こうが押そうが、外れるはずがなかった。
敵の周到さに絶望し、身体の力がまた抜けそうになるのを、庄助は首を振って耐えた。
静流の顔を下から覗き込む。かすかに身体が動いた気がした。
「兄ちゃんっ!」
声が裏返って情けなかったが、庄助は叫んだ。白金の髪の主が顔を上げる。
「……庄助? なんでここにおるん」
名前を呼ぶ掠れた声は、やはり静流のものだった。庄助は泣きそうになった。見知った、仲の良い幼馴染が、自分の声に応えてくれたこと、そして、こんな場所に閉じ込められていることに。感情が追いつかず、舌の根がもつれる。
「それは俺の台詞や! なんで……っ、なんで兄ちゃんがここにおるん? 俺のせい!?」
「……くっ……あははっ」
何が可笑しいのか、静流は肩を震わせると、顔にかかった髪を払うように頭を振った。いつも通りの女性的な面差しは、ひどく憔悴しているように見えた。
「何笑っとんねん……っ!」
「いや、なんかめっちゃ猛烈に聞いてくるやんって。自分もボロッボロのくせに、ふふ」
小刻みに揺らす細い身体と壁の隙間、彼も庄助と同じく、床上のアンカーボルトに固定されている。静流を拘束しているのは庄助と違い、結束バンドのようだった。
「なっ、俺は……俺は大丈夫や! 兄ちゃんの話をしとんねん! なんであいつらに捕まったん!」
まくし立てる声に静流は、切れ長の目をそっと閉じた。睫毛の影が、乱れた髪の散らばる頬に落ちる。
「……どっから話そか。庄助に会わん間に、色んなことありすぎてな」
「出てから、聞いたほうがええ?」
「はは、むしろ出られるん?」
「出る。絶対出られる」
自嘲気味の静流の目をまっすぐ見て、庄助は言った。自信があるように見えた。ふと静流が、庄助の左眉の辺りに目を止める。
「ピアス変えた?」
あ……と小さな声を漏らし、今度は庄助が申し訳なさそうに顔を伏せた。左眉の上下で光るのは、景虎にもらった新しいピアスだ。
「兄ちゃんにもらったやつ、落としてもーて……」
静流は目を細めて、そっか、と呟いたまま黙り込んだ。
手錠が鳴る。あのけたたましい雨の音すら、戻ってきてほしいと思うような静寂だ。これから自分が何をされるのか、静流はどうなるのか、考えたけれど庄助にはわからなかった。
景虎ではなく自分が、ミズタニとその仲間に捕らえられる意味。ナカバヤシの吐いた言葉。
見当もつかずにただ、部屋中のうだるような蒸し暑さに、頭を垂れる。汗が首筋を流れた。
「あのさ」
ほぼ同時に発した言葉が重なる。先にどうぞの言葉代わりに、庄助は押し黙る。珍しいそのしおらしさにあてられたのか、静流は気まずそうに話し始めた。
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