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第五幕 五、デビル、わかる②

「ごめんな。オレ……前に庄助にひどいこと言うた」 「その話はもうええって。謝ってくれたやん」 「顔見て言いたかってん……ってのは、オレの自己満やな。ごめん」 「ううん……わかる。から、うん……」  どうしたらいいのかわからなかった。こんな状況で謝られるのは、まるで遺言みたいだからやめてくれ。そういつもなら叩ける軽口が、喉に詰まって出てこない。  静流は、ぽつぽつと今まであったことを話し始めた。昔の大事故の原因がミズタニにあったこと、そのために景虎と手を組んでいたこと。嗅ぎ回っていたことがバレて、ウーヤに捕まったこと。庄助はいつになく、真剣に相槌を打ちながら聞いた。今だけは、ここに誰も入ってこないでくれと思った。 「俺、事故のこと……ミズタニのせいって、知らんかった」 「そりゃそうや。あの頃、オレも庄助もガキンチョやったし。ニュースも警察も事故のデカさばっかで、そもそも誰が違法薬物を売ったとか、そんなん何も言わんかったやん」 「……ごめん、兄ちゃんがずっと、どんな気持ちでおったとか全然わからんくて」 「はは、それは……今もやろ」  呆れたように笑う静流の、ハーフアップにまとめた髪が揺れる。 「……なあ、兄ちゃんが俺を織原組に紹介したのって」 「後悔してる、オレ」  遮られる。勢いと、真剣な声音に、庄助の身体がすくんだ。 「紹介するんやなかった。庄助が……遠藤さんと、そういうことになるって、思わんかった。もっと別のやり方にすればよかった」 「ちが……カゲとはそんな」 「好きなん? 遠藤さんのこと」  唾を飲み込む音が、聞こえてしまったかもしれない。  静流は前のめりになって、庄助の顔を覗き込む。嘘や誤魔化しは通じなさそうな、いつになく真剣な眼差しから、目が逸らせない。いや、逸らしてはいけない気がした。 「……うん」  ほんの小さな返事は、こもった空気に吸い込まれて消えた。  いつもだったらこの後に「友達としてやで」などと、冗談めかして付け加えるものだが、ここに来るまでに起きた様々な出来事や疲弊が、庄助を半ば開き直らせていた。 「男やのに? ヤクザやのに?」 「……うん」  気迫で負けないように、まっすぐ強く見つめ返す。気持ちに、嘘はなかった。むしろ正直に話すことで、自覚した。  ああ、こんな時にはっきりしてもーて、どうしよ。俺、ほんまにアホや。  泣き出しそうな庄助を見て、静流の表情がくしゃりと和らぐ。 「ま、あの人かっこええもんな。オレの次に」  静流の口から、いつもの冗談が溢れた。ともすれば気が強そうにも見える美貌が、柔らかく緩む。庄助が昔から好きな、兄ちゃんの笑い方だった。 「あの人に、痛いことされたり……怪我とかないんやったらええねん、心配してたから」 「うん……ありがと」  胸が痛くなる。ずっと心配をかけていたこと。静流だって怖いはずなのに、気丈に振る舞ってくれること。  同時に強い怒りも湧いてきた。ヤクザに片足を突っ込んでいる自分はともかく、静流はミズタニに人生を狂わされた被害者なのに。まだ痛い目や怖い目に遭わされようとしているなんて、そんなのは絶対に間違ってる。 「なあ、兄ちゃん。やっぱ先に逃げてほしい」 「いや……いや無理やろ、縛られとんねんで。んで、もしオレが逃げたとして、お前はどうすんねん」 「俺は死なん、なんとかなる。ここから出たらカゲに、庄助は大丈夫って伝えて」 「大丈夫ちゃうやろ! なんとかなるとか、そんなんで放っていけるか」 「ええからいっぺん聞けって、頼むから」  食い下がる静流に向かって、庄助は身体を起こしながら、疲れたように懇願した。 「庄助! ええ加減に……」 「アホ! 兄ちゃんはカタギやねんで。こんなことに巻き込まれてええはずない。それに、俺を織原組に紹介したんは兄ちゃんやろ。……責任取ってもらわんと、困る」  庄助は目を逸らさなかった。静流が小さく息を呑んだ音がした。  怖くて痛い。逃げ出したい気持ちは、庄助も同じだ。それでも今ここで折れたら、もう二度と立ち上がれないことが、本能的にわかる。  だから、できるだけ強く、まっすぐに静流を見つめた。 「約束したやん。俺が立派なヤクザになったら、刺青彫ってくれるって。な、兄ちゃん」  甘え混じりの声を出す。子供の頃から、こうすると静流はお願いを聞いてくれたから。  すると静流は苦しそうに眉を歪め、庄助から目を逸らした。 「……出ていけたとして、普通に捕まると思うし。そんな上手くいかんやろ。無駄やと思うで」  一呼吸置いて、静流は観念したように続けた。 「それでも……やるんやったら。どうしたらええか、言うてくれ」  庄助は頷き、静流の顔の近くへそっと唇を寄せた。ミズタニやその側近たちの足音に耳をそばだてながら、静かに、とても静かに。

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