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第五幕 六、古傷に硝煙②

 休息はあまりよくない。戦いの興奮が引き潮のように過ぎれば、痛みがパフォーマンスを下げる。ミズタニもそれを解っているのか、血の気の引いた景虎の唇を見て、眉根を上げた。 「会いたかった。景虎が、僕を織原組から追放した男に育てられてるって聞いて……ずっと会うのを夢に見ていたよ」 「そうか、それで何がお望みだ。ケツの穴でも舐めてやろうか?」 「下品だな。ロクな教育を受けてこなかったに違いない」  吐き捨てるように笑うと、ミズタニは縦長のガラス灰皿に、そっとパルタガスを置いた。干草のようなナッツのような、甘くて苦い香りがする。反吐が出そうだ。 「もういいのか? 小花さんの……お前の母さんのことは、忘れてしまったのか?」 「……どういう意味だ」 「あの時、マンションの屋上で……小花さんはうわ言のように『景虎と遠くへ行くんだ』と言っていたよ。致死量のアルコールと睡眠薬を摂取させられていたのに、小花さんは最後まで、お前のことを考えていたんだよ」  安い挑発だった。それでも、背中の芯がひどく冷えるのは、血が足りないからかもしれない。 「……そうか」  景虎は項垂れた。死ぬ間際にはすっかり痩せてしまった母の、骨ばった身体に抱きしめられたことを思い出す。 「絶縁されてから、色んな土地を転々としたよ。日本だけでなく、中国や東南アジアも渡り歩いた。身寄りのない子供たちの戸籍売買という、いいシノギも見つけた。でもな、僕が一番楽しかったのは、景虎と小花さんと居たときだったんだ。それに気づいた」  夜のような暗い窓を、雨が激しく叩く。東京はもう嵐のさなかだ。 「景虎。お前をずうっと思っていたよ。寂しさに耐える顔が、母を気遣う顔が愛おしかった。なあ、仲直りをしないか? 小花さんはいないけど、二人でやり直そう。一緒に暮らすんだ。そう……遠くへ行こう、今度こそ。誰も知らない土地に住んで、花を飾って……母さんを偲ぼう」  ミズタニは恍惚とした表情で、まるで酒にでも酔っぱらっているみたいだった。  水の流れる音、雨の唄。雨の日は、好きじゃない。好きじゃ、なかった。 「言いたいことは、それだけか?」  顔を上げた。ミズタニが、妙なものでも見るような表情をした。 「それだけ……とは?」 「なあ、ミズタニさん。あんたさっき言ってただろう、十七年って。わかるか? 十七年も経ってるんだ」  いつだって目を閉じなくても、心は母親と過ごした、あの雨漏りのするアパートに飛んで行ける。  雨の音がする。母が死んだ日も、雨だった。庄助と出会った日も、土砂降りの雨だった。

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