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第五幕 六、古傷に硝煙④
大人の女性の声だった。あまりにもこの場に似つかわしくない、間延びした優しい声に、一同が虚をつかれる。
見逃さなかった。一瞬の綻びに喰らいつくかのごとく、自分に向けられているコルトの銃身を、女の手ごと強く握り込んだ。
「あ!」
ミズタニの兵たちは限りなく従順ではあるものの、慣れた動きだとは思えなかった。“普通”なら、掴まれた程度で慌てて引き金を引いたりなどしない。
赤々とした火粉が噴き上がり、スマホを掲げていた女の腹の真ん中が、衣服を灼きつかせ赤黒く染まる。身体をくの字に曲げると、喉からぼうぼうと汽笛のような音を吐き出し、崩れ落ちた。
凄まじい反動で銃口が跳ね上がり、女の指がもう一度引き金を絞った。二発目がシャンデリアの電飾を粉々に砕く。
ミズタニの判断は速かった。彼は小さく舌打ちをすると、素早くソファの背に身を隠した。
《カサイさ~ん? ……もうっ。乳児院の方にいないから探しに来たのに。二人ともどこいったの、こんな台風の中……ねえ》
カメラの後方に引いた、人物の顔が見える。薄桃色のレインコートを着た老女だった。景虎は、彼女をよく知っている。
「アリマさん……」
ついこの前、特別養護老人ホームの談話室で彼女と話したのが、まるで遠い日のことのようだった。
《俺の知ってるデリ、台風割ってあるんですよ! もしかして二人で呼んでんじゃないですか!?》
《トキタお前、アホォ! 女の人の前でなんちゅーこと言うんじゃ。アリマさん、見てきますけえ、車ン中で待っとってください》
《でり……ああ、ウーバーイーツね? 二人ともお腹空いちゃったのかしら。何が食べたいか聞いてきてくれると助かるわぁ》
噛み合わない会話が、雨風のノイズとともにスピーカーから流れてくる。いずれも、聞き慣れた声だった。火薬の匂いと、尽きたパルタガスの残り香が混じる。
「離せッ!」
身体の下で女が吠えた。マグナムを持たされているくらいだ、女性にしては体格の良い方だが、それでも景虎に比べると悲しいほどに弱々しかった。
揉み合った挙句、銃口が至近距離で火を噴いた。彼女の顎から左頬は、ほとんど形を失った。
大量の返り血で視界を遮られる一瞬の間に、ミズタニは部屋の扉に取り縋るように出ていった。景虎は、女の手からコルトパイソンをもぎ取ると、迷いのない足取りでミズタニの後を追った。
赤い轍が、靴跡に踏み荒らされ滲んでいる。
気象警報が出ているためか、子供たちは居住エリアに避難しているようで、建物の中は静まり返っていた。
今日が台風で良かった。だってこんなに心は凪いで、頭が冴えている。
廊下のあちらこちらに倒れ伏した職員たちの身体を跨ぎ、血溜まりを踏み越えてゆく。
階下からバタバタとやかましい物音がする。耳を澄ませると、トキタやザイゼンが残党と戦闘している声が聞こえる。
きっと、彼らなりのケジメと弔いだった。
ナカバヤシに直接手を下したのは自分たちだ。けれど、理屈じゃない。
ヤクザは人前で泣かない。肉が裂け骨が砕けてようやく、大声を出せるのが男だ。
……全く、くだらない。群れて、倣って、やっと半人前以下の自分たちができるやり方は、これしかなかった。
景虎は口の端を上げると、分岐した血の道の続く、屋上への階段を上った。
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