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第五幕 七、死地にありても違えぬものは①

 庄助は一人、コンクリートの床に突っ伏していたが、入ってきたメチュの姿を認めると、力なく笑った。 「……よぉ、メチュちゃんやっけ。へへ……悪いんやけど、もう一回はめ直してくれん?」  と、自らの力の抜けた右腕を、ちいさく顎で差した。後ろ手に縛っていたものが、前手になっている。  名指しされた少女は、庄助の元へ歩み寄った。マスクのせいで表情は見えないが、どうせ顔色一つ変えてはいないのだろう。  脅すように目の前に突き出されたプラスチックの筒は、やはりどう見ても掃除機のノズルだ。今さらだが、なんでこんなものを武器にしているのだろうか。脈打つような痛みに薄くなる意識の中で、庄助はぼんやり考えた。 「逃がしたな」 「ぁぐ……っ!」  メチュは、庄助の腹をつま先で引っかけ、横向きに転がした。大した衝撃でもないのに、痛みが肩の神経に響く。汗が止まらないのに、鳥肌が立っている。 「ほんとうに、おまえは余計なことをしてくれる。お父様が悲しんだらどうするんだ」  南京錠に噛んだ鎖へパイプを絡ませ、梃子のように引く。靭帯が剥がれる不快で湿り気のある痛みが、庄助の右肩に拡がり、悲鳴に変わる。 「ああぁっ! ぎっ、痛、やめ……うああっ!」  背を引きつらせ目を見開き、庄助は叫んだ。鎖がじゃらじゃらと騒がしく鳴く。  そのうち、ごりゅっと骨のソケットがはまり込む嫌な音が右の耳元でした。先ほどと同じく、焼かれるような疼痛は、じんじんとした鈍痛に変わってゆく。 「く……、うぅ……」  手のひらから背中が大量の汗に濡れている。硬いコンクリートの冷たさが心地よかった。鼻水と涙と汗でぐちゃぐちゃの顔面を隠すことすらできず、庄助は圧倒的な暴力に呆然としていた。  滲む視界の中、一本の黒いアメリカピンが、床に落ちている。静流が髪につけていたものだ。  逃げられたのかどうかもわからないのに、それを見ただけで、庄助は少しだけ胸がすくような気持ちになった。  メチュはアメピンをつまみ上げると、舌打ちをした。 「くだらない真似だ」  庄助は、静流の髪についていたヘアピンを使い、結束バンドを外してやった。  ピンを口に咥えてしばらく格闘したものの、唾液で滑って上手くツメの部分に噛ませることができなかった。  庄助は意を決した。後ろ手に拘束された腕の輪へ、膝を抱え込むようにして脚を通し、腰から身体をくぐらせた。外され、整復されて間もない肩の奥で、筋が剥がれて千切れる感覚がしたが、もう止まれなかった。  静流はここにいるべきではない。カタギだから、というのは半分建前で、自分の好きな友達がひどい目にあうところを見たくないだけ。  庄助が涙と脂汗を流しながら、身体を動かし続けるその間、静流はくぐもった息を呑んで、耐えているようだった。 「……こっから俺は何をされるんか、聞いてもええ?」  掠れた声で、庄助が問う。もしかしたら全て上手くいって、静流は逃げ切れたかもしれない。その希望が、庄助の気を大きくさせていた。 「大人しくしていろ」  メチュは抑揚のない声で答えた。庄助が文字通り必死で外した、結束バンドの残骸を拾って眺めている。 「ええやんけ、どうせお前ら、寄ってたかってめちゃくちゃすんねやろ? 俺には知る権利があるやろが」  庄助は身体を起こし、手錠のついた手で涙を拭った。 「権利。そんなものはない。私はおまえに質問を許していない。それに、私は知らない。お父様の目的は、私なんかにはわかり得ない」  庄助の顔面に切っ先を突きつけると、メチュは言った。

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