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第五幕 七、死地にありても違えぬものは②
「……お父様て、ミズタニ? あ、今はカサイって偽名使ってるんやっけ。娘さん……じゃない、よな?」
メチュは答えなかった。顔には出さないが、どこか焦れるように、部屋のドアを横目で何度も伺っている。
「なあ、ミズタニて……俺と兄ちゃんを捕まえるためだけに、ナカバヤシさんをスパイに使うたり、アリマのおばーちゃんと結婚したん? なんでそんな」
「黙れ!」
メチュが初めて声を荒げた。庄助は驚いて顔を上げた。
「まだ結婚じゃない。お父様は結婚なんてしない」
「ええ……?」
「老いぼれた女に価値なんてあるわけない」
アリマの名前に、明らかに反応している。庄助を睨む彼女の目の奥は、怒りに赤く爛れて見えた。何も知らないと言ったばかりなのに、アリマの話だけは食いつき方が違った。
「……や、フツーに仲良さそうに見えたで」
「嘘をつくな! 社会的信用を得るために、嫌々付き合ってるに決まってる。かわいそうなお父様……」
「え~、でもやぁ、この前も蕎麦屋でデートしたって言うてたし~……俺の思い込みなだけで、意外にホンマに好き合うてたりするんかもな?」
弱点をようやく見つけたとばかりに、庄助はそこばかりを突いた。あれほど機械みたいだったメチュの牙城は、色恋の話だけで呆気なく崩れ去った。
「穢らわしい! お前の下世話な価値観で、お父様を語るな!」
「わ……っ」
眼前にプラスチックパイプが、垂直に振り下ろされた。庄助が紙一重で顔を逸らすと、先端は手錠を繋ぐアンカーボルトの出っ張りに当たり、割れた。
砕けて凶器のようになった先端。庄助はそれを見ると、咄嗟にパイプを両手で掴み、自分の喉元に押し当てた。
「! お前、なにを……離せッ!」
「俺の身体に傷がついたり……死なれたら、困るんやろ?」
無理矢理上げる口角が引きつるが、庄助は笑ってみせた。メチュは目を見開くと、武器を取り上げようと必死になってパイプを引いた。
が、少女の細腕では男の力には敵わない。押し引きしている間に、誤って喉を差し貫いてしまいそうで、メチュはとうとう自ら手を離した。
「なあ、メチュちゃん。あんたの事情はようわからんけど、手錠外してくれへん?」
「変な呼び方をするな……!」
「それができへんのやったら、当たり障りのないことだけでもええから。あー……例えば、セトツグミさんとか……知ってる?」
メチュの顔色が変わる。拒否の意味で睨みつけた庄助の喉元に、先ほどよりも深く切っ先が食い込んでいるのを見て、メチュは観念したように零した。
「……“チュグミ”は、オンニだ。巣立ったのに死んだ。でもみんな知らない。知らないまま、自分も巣立ちたいと思っている」
メチュは一度口を噤んだ。マスクの下で、浅い息が擦れる。
「あんたらの言う巣立ちって、一体なんなん?」
よくも喉元に凶器を自ら押し当てながら、こんな呑気に話せるものだと、庄助は自分のことなのに驚いていた。
「“とりのいえ”の子供は巣立ちの時、名前をもらう。でも、仕事がない。だから女は売られるんだ。ヤクザとか、変態のニッポン人に」
「えと……ツグミさんは、戸籍をもらってここから出て、川濱組に売られて、イクラってヤクザに殺された。……あってる?」
「ああ……だから私は巣立ちたくない。名前もいらない。ずっとお父様と一緒にいる……」
堰を切ったようにメチュが話し始めた時、監禁部屋の鉄の扉が、重苦しい音を立てて開いた。
「あれ、おいメチュ。なにそれ。なんでそのガキと仲良くしてんの?」
戸口には見たことのある顔が、ほかの職員二名を連れて立っていた。彼の前髪の、青いハイライトカラーが目に入った瞬間、庄助は反射的に吐きそうになった。
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