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第五幕 七、死地にありても違えぬものは③

「あ……カチ。これは、こいつが自分に傷をつけるって、脅すから……」  メチュの声が、消え入りそうに震える。  そうだ、こいつはカチだ。以前、庄助を水責めで徹底的に苦しめたあの男。庄助が折った鼻には、相変わらずガーゼがへばりついていた。  カチは大股でこちらへ歩み寄ってきた。庄助は咄嗟に身構えたが、蹴り飛ばされたのはメチュだった。  小さな身体が床に転がる。次の瞬間にはもうメチュは、地面に突っ伏して亀のように身体を丸めていた。 「どうなってんだよ、片方逃げてるしよ! 武器まで取られやがって、お前、巣立ちたくねえのか、え? なんのためにここまでやってきたんだよ俺らは!」  丸めた背中に何度も蹴りが飛ぶ。頭を守る小さな手の甲に、容赦なく靴跡がついて皮膚が破れてゆく。 「ごめんなさい、カチ……やめて、お兄ちゃん、ごめんなさい」  弱々しい声を聞き、庄助の毛が逆立った。血が沸き、全身の毛穴が開く。向田がヒカリを殴ったのを見たあの時にも感じた、抗いがたい嫌悪感。 「やめろ!」  ここにはメチュ含め、敵しかいないことは頭でわかっていても、庄助は止まらなかった。  庄助の怒声で、一気に場がヒリついた。もう一発蹴ろうと振り上げた足をゆっくり下ろし、カチが庄助を見た。 「はは、お兄さん……会いたかったぜ。ゲロ吐きそうなほどになァ~」  こちらを向き直ったカチの右腕は、肘ごとギプスに固められて、首から吊られていた。反対の手も、まともに動かせる指の方が少ない。  国枝いわく、トキタが拷問係をやったそうだが、かなりひどい目に遭ったようだ。敵ながら、心の底から同情はする。が、それとこれとは別だ。 「それ、置けよ」  庄助の持っているパイプを顎で指して、カチはせせら笑うように言った。 「いやや……」 「あそ。じゃあいいわ、こいつの顔の形、変わるまで蹴るから。おい、お前ら押さえつけて」 「おいっ! ええんか、そんなことして、俺が……」 「言っとくけど、お兄さんが傷だらけになろうが死のうが、俺はメチュのせいって上に報告するから」  カチが指示すると、今度は男の職員たちがメチュを脇から抱え上げる。メチュの腹を爪先で蹴り上げると、小柄な身体がくの字に折れて、ぐう、と小さく呻いた。  爪が剥がれて血が滲んでいる。腹を蹴り上げた爪先が、庇った指先まで掠めたようだ。 「やめろ卑怯者っ!」 「ハ? お前が武器を置いたら済む話なんじゃないんですかァ~? 怖いんですかァ~~?」 「なんやこいつ、クソ……っ!」  置くな。挑発に乗るべきではない。  生きて帰ってまた景虎に会う。ここを切り抜ける。そのためには、多少なりとも犠牲をはらわなくてはいけない。それが女で、子供だとしても。  ……ほんまに、そうやろか?  庄助の指は、望みを手放していた。コンクリートにパイプが転がる、乾いた音が響く。 「これでええやろ。蹴るの、もうやめろ」  その声に、カチの足がもう一度止まる。メチュは顔を上げ、驚いたような丸い目を庄助に向けた。 「かっこいいねぇお兄さん。自分をいたぶった相手に情け? なにそれ、義侠心ってやつ? さすがヤクザ」  カチは庄助を愉快そうに覗き込んだ。固定具まみれの指が、顎を持ち上げる。 「……さわんな」  睨み返す庄助を、カチは嘲笑う。 「嬉しいくせに。お兄さん、男が好きなんだろ?」 「な……!」 「ははっ、めちゃくちゃ慣れてたんだって? なあ、お前ら言ってたよな。検査した時、すぐわかったって。女のアソコみたいだったって」  メチュを抱えている職員たちが、下卑た笑いを漏らした。庄助の耳が、じわりと赤くなる。

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