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第五幕 九、毒花、蕾みて②

「あ……」  焼け焦げた金属の臭気が立ち上る。庄助を戒めていた鎖の根元で、アンカーボルトごと床が砕けた。呆然とする庄助に説明もなく、音揃は腰のホルスターに銃をしまい込む。  恐る恐る顔を上げると、音揃は少し腰を落とし、庄助に手のひらを見せた。眼鏡の向こう、少し焦点のズレた右の義眼が、残った照明器具の明かりに反射して光る。 「お疲れさま。帰りましょうか」  そう言われて、庄助はようやく、殺戮が終わったことを知った。差し伸べられた手はその優雅な仕草とは裏腹に、ゴツゴツとした節が目立ち、あちらこちらの皮膚は硬く、厚くなっていた。  いまだ両手首を繋ぐ手錠が、じゃらりと重い音を立てる。音揃の手を握りかけて、庄助は、自分の腰が抜けていることに気づいた。 「あら。まァ、無理もないわね」  眉根を下げて音揃が笑ったところへ、メチュの震える声が割って入った。 「あの、私……っ!」  もう反抗する気はないとばかりに、彼女は同胞の血の上に膝をつき、両手を顔の横に上げて見せた。涙で濡れて重くなったマスクのゴムが、片耳から外れる。 「あ……あぁ私、わたし……せ、せめて一撃で、ころ、殺して」  庄助は息を呑んだ。幼い輪郭は予想通りだったが、左の口角から耳にかけて、引き攣れたような古い傷跡がある。笑えば口が裂けて見えるのではと思うほどのそれは、彼女の置かれてきた環境の壮絶さを雄弁に物語っていた。 「か……カシラ。あの、あの」  何と言えばいいか混乱した頭のまま、庄助は口を出そうとしたが、 「殺さないわよ。僕は子供を撃たない主義なの。残念だったわね」  音揃は、さも当たり前のことのように、雑に一蹴した。一切の躊躇なく、人を銃で撃ちまくっていた人間の言葉とは思えない。  庄助とメチュが呆気にとられていると、バタバタと騒がしい足音がして、ヤクザたちが部屋の中に入ってきた。その中の一人が音揃に耳打ちをする。 「あら。もう来てるって? そう……。え、地下室が? ふぅん……ネズミがいるかもねえ」  音揃は何やら不穏なことを、部下と小さな声で話している。庄助はメチュの横顔を、そっと覗き見た。殺さないと言われても安心はしていないようだが、明らかにさっきと表情が違う。  ……よかった。音揃さんが、話のわかる人で。  ちゃうやろ、話のわかる人は大量虐殺せえへんやん。とにかく、最後の一線だけは越えん人で、ほんまによかった。いや、ラインはとっくに越えてるんやけども……。  まとまらない考えを吐く脳が煩くて、目を閉じた。すると身体が勝手に、糸の切れた操り人形のように脱力して、庄助は床の上にへたばってしまった。  大変な一日だった。  走馬灯のように、朝からの出来事が頭を駆け巡る。  カサイはミズタニかもしれない。接触すればまた、攫われるかもしれない。だったらそれは、逆にチャンスかもしれない。  そう思った庄助は、自分の身体の中にGPSを隠しておいたのだ。  そう簡単に探られはしないような、慣らされたその場所に埋めた発信機。庄助は拉致されたトランクの中、後ろ手でゴムに包んだそれを引っ張り出して、乱雑な車載工具の隙間に忍ばせたのだった。  まさに今、ガレージに停まっているあのセダンの、だ。  それは庄助が以前に映画で見た、女スパイの手口だった。  ……裸に剥かれたときと、身体の中を調べるって言われたときは、さすがにバレるかとビビったけど。  ざまあみろ、ひとりで大役を……俺やからできることを、カゲに頼らんと、一人でやった。  これで俺も多少は、組のために戦ったって言える。  ……ああでも、もう俺、カゲに顔向けできんのやった。  さみしいなあ。  閉じた瞼から、涙が零れ落ちた。  庄助の身体の奥では、先ほど押し込まれた錠剤が、じわじわと溶け始めていた。  手足の末端がチリチリとむず痒く、奥歯の根が浮くような。そんな奇妙な感覚があったが、疲労はそれを越えて、庄助の意識をまどろみの中に閉じ込めようとする。  もう、指一つ動かせない。 「……庄助!」  意識が途切れる寸前に、遠くで誰かが呼ぶ声がした。  それは庄助が、今最も会いたくて、最も会いたくない愛おしい声だった。

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