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第五幕 九、毒花、蕾みて④*

「……いま、あかん……」  絞り出すような懇願に、景虎は胸が痛くなった。下を向く庄助の指は、微かに震えている。 「庄助、俺は怒ってない。お前が無事に帰ってくれてよかったと思ってる」 「ちがう、そうやなくて……、ぅ……ふッ」  言葉では追いつかない焦りを振り払うように、庄助は首を横に振っている。酷い目にあって錯乱しているのかと、景虎は庄助の顔を覗き込んだ。 「庄助……」  暗闇の中の猫の目のように大きく拡がった真っ黒な瞳孔が一瞬、景虎を見た。安定しない視線は、夜の闇の中、壁、景虎の髪をせわしなく移動し、すぐに伏せられた。 「……っなんもない、大丈夫……」  タオルケットで顔を隠したって、景虎にはわかってしまう。どうして気づけなかったのだと、自分に腹が立った。 「……何をされたんだ」  返事の代わりに、庄助の腕が膝を抱く力を強めた。 「……薬か。タイガー・リリー……?」  頭からすっぽりとタオルケットを被った庄助は膝を抱え、顔も見せずに肩を震わせた。 「……やっぱ、わかる? カゲに隠し事、できんなァ、ふ、ふ……はッ、俺ヘンやんな……ふへへっ」  掠れた声で、庄助は笑った。  景虎は、タオルケットごしに庄助の肩へ手を伸ばした。けれど顔を隠されたままでは何も確かめられず、たまらず薄布をそっと剥がす。  手を掴んで肘の内側を探る。針の痕はない。いつもの日に少し焼けた、体毛の少ないつるんとした腕があるだけだ。 「や……っ、あは、カゲ、さわらんといてぇ……」 「どこから入れられた。注射か、飲まされたのか。……教えてくれ、庄助」  くったりと力無い抵抗をする庄助の肌は、体温は低いのにひどく汗をかいている。 「嫌いに、ならんとって」  そう言いながら、行き場を失った指が景虎のシャツの裾をつまんだ。涙が一筋落ちて、かさついた唇を濡らす。  国枝から聞かされた説明が、最悪の形で脳裏に蘇る。タイガー・リリーは、脳を直接快楽に浸し、万能感と異様な感覚の過敏をもたらす違法薬物のカクテルだ。  庄助の身体はそれに呑まれかけ、心だけが必死に拒んでいる状態だろう。  景虎は、庄助の身体を抱きしめた。怖がらせないように、冷えた体を温めるように、ぴたりとくっついて。 「嫌いになんか、ならない。ならないから……」 「か、げ……あ、んんっ……」  景虎の身体の下の、庄助の肌がゾワゾワと鳥肌が立っている。安心させたくて頬に口づけると、庄助の身体がまたバカみたいに跳ねた。 「ひゃぁ、あっ……!? 身体、おかし、い、ヒ」  景虎の首に縋りつきながら、庄助は絶頂した。頬へのキスだけで下着の中にゆるく精を吐き出してしまい、そのことに自分でも愕然としている。 「うそや、こんなん……。やばいて……」  弱々しく声を漏らし、庄助は自分の身体が自分を裏切る恐ろしさに、ぼろぼろと涙を流した。  快感よりも不安が勝れば、瞬く間にバッドトリップに入ってしまうだろう。誰も信じられず、目に映るものすべてが恐ろしく見える地獄が、薬効が切れるまで続く。  景虎は、庄助の手を握った。丸い目が不安そうに揺らぐ。  数時間ぶりにまともに見る庄助の顔は、消耗しきっている上に薬まで回っているが、薄闇の中でもいつものように可愛らしかった。  小さく尖った鼻先や、子供っぽい頬、口角の上がった唇も、全部が好きだ。どうあっても、自分のそばにいてほしい。  庄助は本当に馬鹿だ。組のために、景虎のために、首を突っ込んでかき回して、めちゃくちゃにされて傷ついて、取り返しがつかない。  そんな馬鹿で向こう見ずな男が、最愛の存在が今目の前で、恐怖に震えて泣いている。 「大丈夫だ。俺がいる」  景虎はもう一度、庄助を抱き締めた。もう二度と、取りこぼしてなるものか。  また窓が唸り始め、雨がガラスを殴りつけてくる。逆巻く嵐が、もう一度やってくる。  朝には晴れるだろうか。それとも、夜が明けてもまだ、世界は雨の中かもしれない。

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