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第五幕 十、メルティ・メルティ・ユニバース①*
浴室の壁を流れる水滴の一つ一つに、生命があった。彼らの一滴は一つの星であり生命体であり、彼らは彼らの言語を持ち、庄助に訴えてくる。何を話しているかは、何となくしかわからない。
シャワーの音が色を持って反響している。遠いところの色は薄く、近いところの色は濃く。シャワーから出る湯が跳ね返る場所から次々と、キラキラと極彩色の輝きが溢れて美しい。
美しいけれど、そんなわけない。
自分の中の常識を手探りで掴むと、庄助は我に返る。途端に世界はいつもの、味気ないクリーム色の浴室に戻った。放っておくと意識が勝手に持っていかれる。
「は、あっん、んんぅ……」
その間にも、甘い声が喉から漏れる。景虎の指が、庄助の直腸の中に入り込んでいた。
押し入った指の節の一つ一つはおろか、爪とその周りの小さなささくれや皺の形までわかり、寸分違わず脳裏に描くことができるような。内側の肉は、触れたものの輪郭を一つ残らず感じ取ってしまう。
喉の奥がひくりと震えた。口の中に溜まる唾液が妙に甘い。奥歯の根が浮いて、自分の舌で触れる口の中全てが異様に感じる。
庄助は震えながら、バスタブの縁に身体を預けて、景虎に向かって尻を突き出している。
もうとっくに腹の中の錠剤は溶けていると言っているのに、溶け残りが心配だからと指で探られている。
「かげ……っう……ナカ、あ、あ゛~~っ」
足の指で風呂の床を掴み、踏ん張る。景虎はいま、性的に触っているわけじゃない。だから、変な感じになってはいけない。
けれど、中のしこりに景虎の指の節が当たると、どうしても気持ちいい。本気でクスリなんかで感じたくないと思っているのに、小さなドライオーガズムが、何度も何度も庄助を襲った。
「一度洗うぞ。辛かったら言え」
景虎がシャワーヘッドを外し、ノズルを肛門に押し当ててくる。庄助は恐怖した。今の鋭敏な直腸が、生温い湯がゆるく突き上げる感触に、耐えられるかわからなかった。
「あ……こわい、こわいって……」
庄助は恐怖を口に出した。
先刻まで、酷い目にあって、命がいつ失われても不思議でない場所にいた。それはそれで恐ろしかったが、肩が抜ける痛みも死体の臭いも、あくまで“痛み”と“臭い”の範疇に居てくれた。
でも、今は違う。痛みや匂いなど、感じ取った感覚が脳で変換され、色になり音になり溢れて目と耳に戻ってくる。知らない知覚が連鎖反応みたいに刺激され、コントロールできない。それが恐ろしい。
「俺に掴まっていい、ほらこっち向け」
バスチェアに掛けた景虎は庄助の腕を取り、裸の自分の膝に座らせた。向かい合う肌が触れ、濡れる。当たり前のことなのに、嬉しさで脳が溶けそうになる。
「……う、ぐう~~っ!」
ゆるく、温水が中に侵入し始める。庄助は、景虎の逞しい首に腕を巻きつけて、歯を食いしばった。
目を閉じると、黄色と水色の縞を持つ、目も手足もない水の生き物が、腹の中へ滑り込んでくる。そんなあり得ないイメージが、現実のことのように鮮明に浮かんでくる。
恐ろしくて、目を開けたまま景虎の肩に縋ると、刺青の黄や赤や青がくねくねと蠢く。ずっと脳が過剰に活動していて、どこにも逃げ場がない。
いつ終わるともしれない感覚の地獄の中で、庄助はふと、景虎の右上腕の刺青、大きな虎の顔の顎のあたりに、新しい刺傷があるのを見つけた。
「は、あぁっ……カゲ、めっちゃ、怪我してる……?」
身体を離して目を凝らすと、腕や脇腹、そこら中に、刃物が掠ったような傷跡や打撲痕がいくつもある。
傷ついたのは自分だけではない。そんな当たり前のことに気づいていなかった事実に、温まった体の中の血の気がすっと引く。
「心配するな、一つ一つはそんなに深くない」
「でも、んゥ……っ、あ゛っ……俺、ぇっ」
悔しかった。これまで、セックスのときにどんなに辛くても、庄助は景虎の刺青を傷つけないように、爪を立てるのを極力我慢してきたのに。
知らない誰かが景虎を傷つけることを阻止できなかった。独占欲に似た怒りだ。
景虎の刺青は、きっとどんな芸術より美しい。鍛え上げられた筋肉の隆起をなぞる、青い縁取り。白い肌に繊細な墨の色が沈んで、映えるのでなく密やかに咲くように、庄助の目を惹きつける。
初めて見たときから、ずっと焦がれてきた。景虎の皮膚に刻まれた、二匹の虎と般若に。
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