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【番外編】しょこら姫と、反社のプリンスさまっ!①

 ヤクザという生き物は、意外というべきか当然というべきか、祝い事に敏感だ。特に兄貴分たちの誕生日なんかは真っ先に頭へ叩き込んでおかないと、予後が悪い。  表裏、どちらの世界でも出世したければ、気遣いと愛嬌が必要なのは変わらない。  国枝はそのようなことを言うと、庄助の頭をデスク越しにポンポンと撫で、一枚のメモを手渡した。九月二日の昼のことだった。 「お誕生日おめでとう。頑張ってる庄助に、今年は俺から特別なプレゼント」  メモには国枝のきれいな文字で、時間と場所だけが記されている。詳しいことを聞いても、行ってみてからのお楽しみだとはぐらかされた。  国枝のことは尊敬しているが、妙に優しいと不安しかない。今までの経験が、やめておけと警鐘を鳴らしている。  しかし、誕生日プレゼントということは、少なくない金を国枝が出しているということだろう。ここは上司の顔を立てなくてはいけない。  夜八時、庄助は仕事帰りの足で、指定された雑居ビルの二階に上がった。飲み屋が何軒も入っている建物のようだ。汗でしおれたメモ書きを何度も確認し、店の前に立つ。  看板は出ていないし、明かりもついていない。なんだろう、誕生日プレゼントというのは嘘で、普通に殺されるのかもしれない。毎日顔を合わせているからつい忘れがちだが、国枝はヤクザで、しかも幹部だ。  いや。でも、俺のことぶっ殺そう思うたら、あの人ならいつでもできるし。素直に受け取っとこ。何をくれるんかは知らんけど。  庄助は能天気に思い直すと、ためらいがちに木製のドアを押した。  キィ、と蝶番が控えめに鳴き、暗い店内が口を開ける。ドアの隙間から身体を滑り込ませると、靴の裏に柔らかなカーペットの感触があった。 「あの、すんません、早坂って言いますが……」  受付に立っていた男は庄助を見るなり、笑みを浮かべた。 「お待ちしておりました」  シャツの胸についたインカムに向かって何事かを話しかけると、彼は奥の防音扉へ庄助を案内した。 「こちらへどうぞ」 「俺、なんも聞かされてないんですけど」 「サプライズらしいです。本日は貸切ですから、どうぞお楽しみください」 「貸切!?」  裏返った声と同時に扉が開かれ、庄助は眩しさに目を細めた。  ギラギラと過剰に輝くシャンデリアの下で、仕切りのあるボックス席が行儀よく並んでいる。ふと、酸化したアルコールと、閉じ込められた埃の、あの独特な匂いがした。間違いない、ここは夜の店だ。 「お待ちしておりました、姫!」  色とりどりのスーツを着たチャラそうな男たちが十人ほど、通路にずらりと並んで声を上げた。 「帰ります」  庄助は迷わず踵を返した。  理解した。ここはホストクラブだ。一瞬、きれいなお姉さんが出てくるのを期待して損した。何が姫だ。男に祝ってもらう趣味はない。気持ちはありがたく受け取りました、と国枝には後で伝えよう。 「おいおい。まァゆっくりしてけよ」  ドアの方を向いた庄助の背中を、男の声が呼び止める。聞き覚えのある声に思わず振り返った。入り口からでもよく目立つ最奥の席のソファで、中年の男が足を組んで座っていた。  白いシャツの胸元をだらしなく開け、いかにもこの店の主という顔をしているのは、顔を見るだけで腹の立つ男、向田稔二だった。  彼の背後の壁には、金色の立体ロゴで『Million Stars Ⅱ 〜約束の地〜』の文字が掲げられていた。一度は借金で手放した店を、小規模に復活させたらしい。  向田は唇の端を吊り上げて笑った。 「俺の城へようこそ、しょこら姫」 「帰る」  向田の店に臨時で勤めた際の、忌まわしき源氏名を出され、庄助は再び踵を返した。 「待てってお前バカ。今日はここ、国枝く……さんが貸し切ってんだぞ」 「知りませんて」 「知らんじゃねえんだよ。このまま帰らせてみろ、俺もお前もあとが怖ェんだ。それくらいわかンだろ」  腰を重そうに上げて立ち上がると、向田は嫌そうに片手をひらひら振った。  国枝は、面子面子とうるさいタイプのヤクザではない。だが、このまま帰れば絶対に面倒くさい。殺されはしないまでも、何らかのひどい目には遭う。庄助は恐ろしくなった。 「え〜……。でも俺、せめて向田さん以外に祝ってもらいたい」 「お〜奇遇だな、俺もお前を祝いたくなんかねえよ! ほんっとクソ憎たらしいガキだぜ……。まあいい、誕生日なんだったら、せめてシャンパンタワーくらいやって帰れよ」  向田がそう言って片手を上げると、店のホストたちが一斉に拍手し、クラッカーまで鳴らしてきた。 「しょこら姫、お誕生日おめでとうございます!」 「うるさっ! 鼓膜破れるて!」  逃げるタイミングを失った庄助は、向田の座っていた一番大きなソファへ、半ば押し込まれるように座らされた。 「あ〜もう、ちょっとだけやで……」  庄助は諦めたようにため息をつくと、周りの男たちの顔を一瞥した。ホストたちは何が嬉しいのか歓声を上げ、“しょこら姫”にファーストドリンクとしてカシスオレンジを手渡した。 ◇  最初の十分ほど、庄助は苦い顔をして、出された酒にもほとんど口をつけなかった。  店内は、照明も音楽も笑い声も、何もかもが一段階ずつ過剰で、座っているだけで落ち着かない。香水と酒、古い壁紙に染みついた煙草の残り香まで、シャンデリアの光を浴びて、おもちゃの宝石みたいにきらきらしていた。  男が男に囲まれて姫扱いされて、一体何が楽しいのだと思っていたし、今もその気持ちに変わりはない。しかし。 「姫、お腹空いてませんか? とんこつラーメン食べます? 隣ラーメン屋なんで、すぐ持ってこられますよ」 「しょこらちゃん、金髪が照明に超映えるね、キラキラでラプンツェルの魔法みたいだよ」 「姫は、如くシリーズで誰が推しなん? えっ冴島? 俺と一緒じゃん! うぇ〜い」  こんなふうに、姫とは名ばかりで、ほとんど友達みたいな距離だった。……それが意外と、悪くない。  ホストたちはさすがプロだ。気安く話しかけてくるのに、踏み込みすぎない。気遣いが徹底されている。グラスが空きそうになればすぐ注ぐし、庄助が話す言葉を拾い、ツッコみ、全員で笑った。  これはこれでありなんかも。  キャバクラなんかは、可愛い女の子が隣にいるから楽しいのだと思っていた。でもたぶんそれだけではない。気分よく喋らせてもらえるのは、相手が誰であろうと普通に気持ちがいい。 「姫、意外と二の腕に筋肉ある〜! カワイイ!」 「当たり前やん、腕立て伏せを毎日……いや、週に三回くらいやっとるねん。ふへへ……」  出された甘い酒をちびちび飲みながら、庄助はだんだん頬を緩めていた。  不意に、店内の照明が少し落ちた。顔を上げると、庄助たちの席のすぐ隣、小さなステージのようになった小上がりが、スポットライトに照らされた。  シャツを着直しネクタイを締め、ベストまで着込んだ向田が、マイクを持って立っていた。 「それでは本日のメインイベント、しょこら姫バースデーシャンパンが入りま〜す」  やる気のない声なのに、妙に場慣れしているのが腹立たしい。彼のアナウンスに、ホストたちが一斉に沸いた。 「ええ〜!? ほんまにやるんですか? 恥ずかしいやん……」 「アホ、俺だってやりたかねぇんだよ。出資者様のご命令だから仕方なくだ。黙って祝われてろ、しょこら姫」  源氏名で呼ぶのは、向田なりの精一杯の意地悪に違いなかった。いつの間に用意されていたのか、ステージの中央にはグラスを積み上げた小さなシャンパンタワーが置かれている。小さいと言っても、庄助からすれば十分すぎるほど派手だ。  スピーカーからBGMが流れる。ホストたちが庄助の周りに集まり、賑やかな手拍子で盛り上げ始めた。高いシャンパンを入れた客に、店の全員でやる、オールコールというやつだ。たぶん。 「本日の主役は〜?」 「しょこら姫〜!」 「九月二日、ぎゅうにゅうの日! 生まれてきてくれて、すこやかに育ってくれて〜?」 「ありがとうございまーす! さんさん、にーにー、いちいち! ハイハイ!」 「ハッピーバースデー、しょこら姫!」    タワーに、淡い琥珀色のシャンパンがなみなみと満ちてゆく。人生で初めての、自分のためのシャンパンタワーだ。とんでもない勢いと、現実感のなさに押され、庄助はついに腹の底から笑ってしまった。 「ははっ、もうなんやねんこの場! わけわからん! んはははっ!」 「笑顔いただきましたーっ! いやほいいやほい! ではそんな姫様から〜? ひと言お願いしま〜す! スリーツーワン!」 「ほわ!?」  マイクを渡された。カウントダウンまでされて、もう逃げられない。ホストたちは期待に満ちた目でこちらを見ているし、向田は完全に面白がってニヤけている。  庄助はグラスを持ったまま立ち上がると、吹っ切れたような大声を出した。 「はやく一人前のヤクザになれるように、これからもがんばります!」 「しょこら姫、最高〜!」  なぜか拍手が起きる。自分でももう意味がわからない。酒も回ってきたせいか、庄助は楽しくてたまらなくなっていた。 「あははっ、俺は絶対に、日本一の極道になったるで〜ッ! 今日は飲むで! 酒や酒や、酒持ってこ〜い!」 「姫〜! 酒呑みなはれ〜ッ! 胃腸に関して自信があるある!」  ノリよく笑うホストの一人が、庄助の肩を抱き、「記念写真いきまーす」とスマホを向けた。もとより人懐っこい庄助は、すでに長年連れ添った友人と写真を撮るかのように、リラックスした顔でピースをしていた。  そのとき、向田がマイクに向かって妙に楽しそうな声を出した。

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