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【番外編】しょこら姫と、反社のプリンスさまっ!②
「さて、盛り上がってきたところで。本日は国枝さんよりもう一つ。サプライズプレゼントを賜っておりま〜す、はあ……ほんっと、ありがたいこって」
「ええ、まだなんかあんの? 怖いねんけど」
庄助が振り向く。向田はステージの奥、ホストの顔見せのための、ほんの短いランウェイへと目を向けていた。
「本日のスペシャルゲスト。しょこら姫のご指名ホストでございます」
「ん? 俺、誰も指名してへんけど」
「うっせーな、ちったァ黙ってらんねえのか。あー……それでは、どうぞ」
奥の暗がりから、背の高い男がぬっと出てきた。
暗い色のスーツ。整えられた黒い髪がシャンデリアの光を映し、一瞬紫色に透ける。いつもよりきっちり閉めたシャツの襟元。長い手足に、彫像のように整った顔。その下にある、ホストらしからぬがっしりした体躯。
ホストたちのきらびやかな笑顔とは対照的に、その男の冷たい美貌は恐ろしいほどに静かだった。
庄助は、手にしていたグラスを落としかけた。
「……カゲ?」
景虎はまっすぐ庄助の前まで歩いてくると膝をつき、低い声で言った。
「しょこら姫。お誕生日おめでとうございます」
歓声が上がる。なんの感情も映さない、接客業にはまるで向かない目が、庄助を射抜いた。
「なっなっ、何してんねん!?」
「さあな。今日の俺は、お前の担当だそうだ」
「は? あっ、ちょ……っ」
景虎は立ち上がり、庄助の肩を抱いていたホストに殺気立った一瞥をくれた。ホストが威圧感に身を引いた隙に、庄助を強引に引き寄せる。抗議する間も与えないほどの速さで、景虎は庄助を抱き上げた。一瞬でお姫様抱っこの体勢にひっくり返されて、庄助は反射的に景虎の首に手を回した。
「姫」
顔が近づく。口づけのような、愛撫のような近さで、景虎がそう呼んだ。低い声が震わすうぶ毛がぶわっと逆立ち、そこから甘いときめきが身体中を走る。
「俺だけの、姫」
「あ……あ……」
破壊力が別格すぎて、庄助の口からカオナシみたいな声が出た。というか、なんでこいつはここにおんねん。国枝の差し金であろうことは予想がついたが、嫌がらせ以外の意図が読み取れない。……いや、あの人の場合は本当に、嫌がらせができれば十分なのかもしれないが。
庄助は抱え上げられたままソファへ、景虎の膝に乗るかたちで座らせられた。
「あ! カゲおまえ! 人前でこういうのやめろっ!」
しかし、ホストたちはそういう演出だとでも思っているのか特に気にする様子もなく、景虎にマイクを向けた。
「それでは王子様から、姫に一言もらっていーですか!」
浮かれるホストをちらりと一瞥すると、景虎は迷いなく話し始めた。
「庄助」
「いっ、今さら本名やめろ! もう姫って呼べ! 姫って!」
「だめなのか? そうか、じゃあ、姫。生まれてきてくれて、俺に出会ってくれて、ありがとう。世界で一番、お前を愛してる」
茶化しの色のない真剣な声に、頭がくらくらした。景虎は恥ずかしくないのだろうか。変に思われるんじゃないかとか、周りの目を気にしたりしないのだろうか。
案の定、ようやく何かを察したホストたちの間に一瞬変な空気が流れた。が、ここでぽっと出のヤクザに押し負けては、百戦錬磨のホストの名が廃るといわんばかりに、彼らは掛け声と勢いで盛り上げ、庄助たちを祝福した。
「熱い愛の言葉、ありゃした〜っ! 今夜は最高〜!」
わあっと騒ぎ立てられて、庄助はますます顔を赤くした。景虎はといえば、何がおかしいのか理解できないという顔で、庄助を膝の上に乗せたまま涼しい顔をしている。
「ええんかよ、お前」
ホストたちがそれぞれシャンパンに口をつけ始めたタイミングで、庄助は景虎に耳打ちした。
「何だ」
「国枝さんに言われて、こんなことしてんねやろ」
「そうだが」
「恥ずかしないんか、向田の店なんかで、ホストに混じって」
「別に。上の命令なら、殺しだろうが何でもやるのがヤクザだ。それにお前の……姫の祝いなら、喜んで」
微笑みそっと手を取ると、庄助の手の甲に口づけた。
「おま……!」
見慣れたはずの美貌なのに、ロケーションが違うだけで、こんなに声も出ないくらいドキドキするものだろうか。景虎がホストでなくて、ヤクザでよかったと庄助は思った。だって、クソモテそうでむかつくから。
「そんなことより……俺以外の男に姫呼ばわりされてくっついて、ニコニコ酔っ払ってたな。あとで覚えておけよ」
甘かった声が、突然ドスの効いた本職の声色に変わって、庄助は慌てて首を振った。
「なっ……アホか、ただのその場のノリやて!」
「へえ、ノリで触らせるんだな」
「別に変な触り方ちゃうし! いつまでたっても束縛してきやがって、なんもでけへんやんけ〜! 一体お前は俺の」
「はいは〜い! 姫と王子は絶好調〜! シーサーシーサー守り神! 飲んで飲んで飲んでシャンパン祭りじゃ〜!」
わけのわからない歌とともに、ホストたちが割って入る。また騒がしい音楽が始まると、誰かが景虎の手にグラスを持たせ、誰かが庄助のグラスにシャンパンを注いだ。
ステージを降りた向田が寄ってきて、庄助の耳に囁いた。
「お前ら、俺の店でケンカしたら、いくら国枝さんの企画した誕生日だろうが、問答無用で叩き出すからな」
意外と真面目な仕事人である向田の真剣な言葉に、庄助は「はい」と小さな声で返事をした。
「それでは、しょこら姫と王子で、乾杯お願いしまーす! いよいしょーっ!」
景虎がグラスを掲げる。シャンパンの泡を見つめる昏い目に、シャンデリアの光が映っている。庄助も、もうどうにでもなれと思ってグラスを上げた。
「誕生日おめでとう」
「……おう」
小さく触れ合ったグラスが、嘘みたいに涼しい音を立てた。
ギラギラした照明も、ステージのミラーボールも、安っぽい金色のロゴも、甘い酒の匂いも、やかましい拍手も。何もかもが馬鹿みたいで、軽薄で楽しくて、もともと空っぽな頭が、さらに空っぽになってゆく。
明日には、一つ歳をとったという現実だけを残して消えてしまう、泡沫の夢だ。
そして、その夢の中に景虎がいる。
「へへ……こういうのもまあ、おもろいな」
「そうか。何よりだ」
お互いのモヤモヤは後に置いておく。今日は特別な日だからだ。それくらいの分別は、はみ出し者にだってあるのだ。
「はーい記念写真いきまーす! 姫、こっち見てー! オーナーも一緒に入って〜!」
フルーツの盛り合わせなんてしゃらくさいものは、男だらけの宴のテーブルにはない。湯気の立つラーメンの向こうで、ホストがスマホを構えた。
慌てて写り込みを避けようとする向田のズボンのベルトを、庄助がガッチリと引っ張って捕まえた。
「せっかくやし、向田さんも一緒に写りましょや〜!」
「なんで俺が……おわっ、やめろ、引っ張るな!」
「なははっ! 今や、カゲ! ピース! ピースせえ!」
「ピース……こうか?」
「それはキツネやな! 影絵のキツネや!」
庄助は笑いながら、景虎の肩にもたれた。
シャッター音が、やかましい音楽の果てに響いた気がする。
もみくちゃにアガる酩酊の中、画面はまだ確認していないが、きっと愉快な写真になったことに間違いはなかった。
庄助の誕生祭の夜は、男たちの笑い声とともに更けていった。
なお、庄助と景虎が、ほんの小さなわだかまりにどう始末をつけたかは、また別の話である。
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