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【番外編】Unsung men【サンプル】

 洗面所の扉を開けると、般若と目が合った。同居人である遠藤景虎(えんどうかげとら)の背中に彫られたそれは、いつも通りデカい顔で寝ぼけた俺を睨みつけていた。 「おはよう、庄助」  全裸のカゲはこちらを振り向きもせずに、鏡に向かって話しかけた。腕を上げたり身体を捻ったりして、自分の姿をいろんな角度から見ているようだった。 「カゲお前……なんで朝っぱらからフルチンなんや?」  こいつは顔がいい。顔だけは……ちゃうな、悔しいけど身体もいい。鍛えられて仕上がった筋肉は、同じ男の俺でも見惚れるくらいや。自分で自分の肉体美を鏡に映して「今日も俺は男前だ……」と思っていても不思議じゃない。  しかし全裸はあかんやろ。家の中とはいえ、なんとなく目のやり場に困るやん。 「刺青のタッチアップを考えていた」 「タッチ……なに?」  鮮やかな色を乗せた背中や尻から目を逸らして、俺はカゲの隣に立った。シンクとカゲの隙間に身体をねじ込むようにして、洗面台に置いてある歯ブラシに手を伸ばす。 「怪我で刺青の輪郭がぼやけているところがあるから、墨を入れ直してもらおうかと検討してるってことだ」 「へ〜?」  なんや、それで珍しく自分の身体なんか見てたんか。  生返事をして、歯ブラシの毛の上に真っ白な歯磨き粉を絞り出す。口に含むと柑橘の爽やかな匂いがするそれは、ミントの味が苦手な俺のために、カゲがいつも買ってストックして置いてあるやつだ。 「けど、これを彫った彫師の爺さんは、もう引退しているらしくてな」  高校の卒業前に彫った、というのを聞いたことがある。カゲにとっては長い付き合いの刺青なんだろう。  俺の知らん歴史の刻まれた肌を、改めてじっと見る。暗い場所では気付けないような細かい切り傷や刺し傷が、胸元や腕やいろんな場所に散っているのがわかった。  爪立てるの、いつも我慢してるのに。  カゲの仕事上、仕方ないことなのかもしれない。それでも、俺がキレイと思っているこの彫り物に、誰かが無遠慮に傷をつけるのが、ちょっと嫌だった。 「ほんなら、兄ちゃんにやってもらうのは?」 「却下だ」  売れっ子ボディアーティストで俺の自慢の幼なじみの、静流(しずる)兄ちゃん。俺が兄ちゃんという単語を口にすると、カゲはぴしゃりと拒否をした。 「なんでなん。兄ちゃん昔からめっちゃ絵上手いんやで」 「嫌なものは嫌だ。技術は知らんが、俺はあいつが好きじゃない」  表情は変わらないが、明らかに不機嫌になっている。カゲが嫉妬深いのは知っている。けど、だからって、俺の昔からの友人をそんなふうに嫌ってほしくなかった。 「そんな言い方ないやん。いつか、彫ってもらうかもしれへんのに」  口をゆすぐ。泡立った歯磨き粉が、排水口にぐるぐると吸い込まれてゆく。 「誰が、誰にだ」 「……俺が、兄ちゃんにや。正式にヤクザになったら、背中に……っ」  言い終わる前に、カゲの腕が後ろから伸びてきた。強い力で胴を抱き込まれて、持っていたプラスチックのコップが、シンクに落ちて派手な音を立てる。 「な、っ……危ないやんけ」 「まだそんなこと言ってるのか」  苦々しい顔をして、カゲは裸のまま俺を抱き締めた。髪の中に鼻を突っ込んで、すんすんと匂いを嗅がれる。鳥肌を立てて我慢していると、耳たぶに舌が触れて、思わず変な声が出た。 「はみ゛ゃあっ!」 「ヤクザになんかなるな、刺青を入れるな。何度もそう言ってるだろ」  耳たぶに舌をぺったり押し当てながら、カゲが低い声で囁いた。こしょばくて、じっとしていられない。 「……アホぉ、俺のことは俺が決めるんやって、何回も言うとるやろが……っひい!」 「そんなにあの刺青屋に、身体を触らせたいのか?」  素っ裸のカゲの下半身が、ぐいっと俺の腰に押し当てられた。 《続きは本編で!》 ※本作は9/13(日)文学フリーマーケット14にて発売予定の「ぬきさしならへんっ!」イラスト&ノベル本『Unsung men』のサンプルです。 通販などの詳細は原作者ゆめののX https://x.com/nukisashi_nsnで。

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