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第10話
「あの時、七凪の……話をみんなでしてた」
「は? なに? 悪口?」
七凪から目をそらした蓮の顔が赤らむ。
「違うよ。最初はさ、みんな動画を見る前は男同士なんてキモいとかギャーギャー言ってたんだけど、実際に見てみると抵抗感がないというか、出てる男優が綺麗なのもあってさ。男同士って気持ちいいのかな、みたいな話になって、そのうちに、この中のメンバーでヤルなら誰とだったらできるか、みたいな話になったんだ。そうしたらさ、悠馬がこの中では無理だけど、七凪とだったらできるって言ったんだ。そしたら、拓人も伊織もそれだったら俺も七凪がいいってなって」
「おい……」
七凪が蓮を睨むと、蓮は首をすくめて、「ごめん、俺も七凪がいいって言った」と白状した。
「で、伊織がさ、ぼそっと、綺麗な男優を指さして『なんか七凪に似てないか』って言ったんだ。
実はそれみんな最初から思ってたんだよ。そこから一気に変な雰囲気になっちゃって。七凪って色白いよな、とか、七凪ってその辺の女の子より綺麗だよな、とか、でもって悠馬が、もし男二人で沖縄に行くことになったら七凪とがいいって言ったら、みんなが、それだったら俺も俺もってなって、でもベット一つだからやばいとか」
「もういい、それ以上は聞きたくない」
七凪は蓮の言葉を遮った。
「おまえら気色悪い想像しやがって」
蓮は顔の前で両手をこすり合わせた。
「すまん七凪。でも、俺らが特別に変なわけじゃないよ、七凪はその、なんていうか、男をそんな気分にさせるというか」
「おい、それ以上言ったらバルバーラちゃんにお近づきになる前に、海に沈むことになるぞ」
「な、なんだよ、言うのが条件って言ったのは七凪だろ」
確かにそうだった。にしても、まさかあの時そんな恐ろしい話をみんなでしていたとは。
ふと岳の顔が頭に浮かんだ。
「岳は……その、岳はどんなふうに俺のこと言ってた?」
蓮は記憶をたどるように目線を斜め上に向けた。
「岳は……、なんにも言ってなかった。あの時、岳だけずっと黙ってた。みんなから離れたところにいて、動画もほとんど見てなかったと思う」
蓮の話は七凪の記憶とも一致した。
七凪がドアの隙間から部室をのぞいた時、岳だけポツンとみんなから離れたところで背中をこちらに向けていた。
「で、お母さんにその、聞いてもらえるかな?」
蓮が七凪の機嫌をうかがうように訊いてくる。
「分かった、訊いとく」
ありがとう〜! と、蓮が抱きついてこようとしたので七凪は乱暴に蓮を押しやった。
「キモい、しばらく俺に近づくな」
蓮はきまりが悪そうに苦笑いを浮かべると、七凪に伸ばした手を引っ込めた。
蓮が行ってしまうと七凪は昼休みが残りわずかになっていることに気づいた。
急いで昼ごはんを机の上に広げる。が、食事がなかなか喉を通らなかった。気づくと箸を持つ手が止まり、岳のことを考えてしまっていた。
岳はどんな気持ちでみんなの話を聞いていたのだろうか。
みんなが七凪とだったらヤレるみたいな、そんな冗談が言えるのは、絶対に自分は女の子が好きだという揺るぎない自信があるからだ。
現に蓮だって、七凪をそういう対象に見れるとか言いながら、平然と七凪に恋のキューピットになってくれと言ってくる。
媚薬を飲んだ岳は本気で七凪に恋をしている。
岳のあの目を見れば分かる。みんなの冗談に付き合えず、黙りこくってしまうほど真剣に七凪を好きでいる。
岳は……、七凪とそういうことを望んでいるのだろうか?
ドクンと心臓が鳴った。ぶわっと頬が熱をもつ。
あれっ、なんだコレ、なんか岳だけ変だ。他のみんなにそう思われるのは気色悪いと思うのに、岳はそうじゃない、岳だけぜんぜん嫌じゃない。
七凪は慌てた。ふいに脳裏に岳がときどき見せる思い詰めたような顔が浮かんだ。
いたたまれない気持ちになった。自分はものすごく罪なことをしているのではないかと改めて思った。
やはり岳に媚薬のことを言うべきではないだろうか。あれは事故だったのだから、岳は怒ったりしないだろう。
そう思うのに、七凪はなかなか決心がつかないでいた。
なぜならそれは、岳がひた隠しにしている七凪への恋心を暴く行為でもあるからだ。それも本人から言われるのだから、たまったもんじゃない。
媚薬のせいだとはいえ、岳が七凪を好きな気持ちに変わりはない。
そんなこと言うんだったら、媚薬を解いてくれよって感じだろう。
そうだ、言うのだったら解き方とセットじゃなきゃダメだ。
岳に悪いと思うのなら、それまでこのまま岳の気持ちに気づかないふりをするべきではないか。でも、本当にそれでいいのだろうか。
七凪の心は揺らいだ。
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