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At the gymnasium storeroom 体育館裏の倉庫4

 一緒にいて分かったこと。  周央は口が悪くてツンデレ属性。悪いのは口だけ、基本的に、他人に優しい。  成績は、俺と同じ上の下。勉強会のおかげか、最近は上の中の下辺り。身長、体格も同じくらい。  帰宅部で色白のくせに、部活動生と同じくらい引き締まった身体。  運動神経はかなり良い。サッカー部に誘ったこともあったが、家の方が忙しいからと、断られること数回。  どうやら家に関わる何かの活動をしていて、勉強会の無い放課後や休日はそれに時間を取られ、他に何もできないらしい。詳しくは教えてもらえていない。  そんなわけで俺達はほぼ、学校内だけの付き合いだ。  クラス内での話は勿論、部活内の話でも、聞いてくれるし相槌も打つ。少しだけだが、自分から話もする。  だが、俺達とつるむようになっても、やっぱり他人に対して一線を引いてる感じは変わらなかった。  何故、他人と距離を置くのかと、本当は問い質したかった。  でも、周央から常に感じる、諦めにも似た空気。 「誰とも長く付き合うつもりはない」  そう思っているのではないかと指摘した途端に、周央がどこかへ行って、二度と会えなくなるんじゃないか、という不安が、どうしても拭えなかった。  だから俺は、敢えて深く触れなかった。周央がどういう生活をしていて、どう感じ、思っているのか、訊ねなかった。  そうこうしているうちに、現状維持のまま、高校一年が終わってしまった。  うちの高校は、二年になると文系と理系のクラス分けが行われる。俺は理系を選択し、俺と得意科目が正反対の周央は必ず文系を選ぶだろうから、いままでのように頻繁に会えなくなる。だから、勉強会の時間だけは死守したかった。どう約束を取りつけようかと思案していた。  春休みが明けて四月。周央は何故か理系を選択していて、同じクラスになった。クラスの割り振りは成績順だから、同じクラスになるのは必然。だが、苦手科目が必須科目になってしまう理系を選ぶのは、周央にとって、全く益のないことだ。  それに、新学期が始まってすぐに行われる、クラス内の各委員を決める時、一緒に体育委員をやろうと誘ってくれたのは周央だった。  もしかして、と妄想したことはある。もしかして俺と一緒にいたくて、理系を選んだのではないか。同じ委員に誘ったのも、できる限り一緒にいたいと思ってくれているのではないか、と。  確認はしていないから、本当のところは分からない。でもそう思い始めると、放って置けないという、庇護欲というか、言い表し難い、温かいような、熱いような、不思議な感情が胸の底に湧いてくる。  ただの痛い妄想なんだろうけど。  目を見開いた。  いやだからって、この状況は、 「うん、やっぱおかしいな?」  だいたい何で俺は、周央との思い出に浸ってるのか。混乱してるのか、そうだな、俺はたぶん混乱してる。 「とにかく、俺は周央のことをどう思っていて今日、この後どうするかを考えるべきだよな」  上半身を起こし、ベッドの上で胡座をかく。  周央のことが好きか嫌いか、と問われたら、もちろん好きだと答える。大中小の内、度合いはどれだと問われたら、迷わず大だと答えるだろう。  あれ? ちょっと待て。意外と俺、周央のこと、かなり好きだな?  うんこれは友情だ、でかい友情。  いや待て、比較してみよう。例えば斉藤はどうだ? 斉藤は好きだ、普通に。あいつは頭の回転が速くてノリも良くて、適度な付き合い方をしてくれる。たまに兄貴風吹かせてくるけど、頼もしいからオッケー。好きの度合いは……  俺は首を捻った。ここまで考えておいてなんだが、周央と斉藤を比べるのはかなり違和感がある。  何故。何なんだ。やっぱとうとうバグったか。  ここにきてからの出来事が、俺のキャパを明らかに超えている。  ヤらないと出られない? じゃあ、俺はヤるのか?  いやだから俺は男で周央も男なんだって! 「わたくしは、そのおふたりへの感情の差は、まさしく愛によるものだと推察いたしますが」 「だっから何で愛なんだよ!」  ベッドの傍らに立つ猫頭の執事へ、力一杯突っ込みを入れる。 「お前いつからそこにいた? つかまさか、俺の考えが読めるのか!?」 「いえいえそのような特殊能力、持ち合わせておりません。ご自身で、声に出されていましたよ?」 「はあっ? どこから」 「入学説明会の辺りからですかねえ」 「ほぼ全部じゃねえか声かけろよ止めろよ!」  まあまあ、と白い手袋をはめた両手を、ひらひらさせる。 「わたくし、ちょっとしたまじないならば使用可能でして。考えたことがちょいと口から漏れ出す程度のものを、お客様にかけさせていただいていたのですが」 「それ特殊能力じゃねえのかよ? つか、なんて事するんだ!」 「ただの趣味です。気づかれれば解けてしまう、可愛い類のものですよ。で、お客様。やはり愛があるじゃありませんか」 「ぜんっぜん可愛くねえし、だから何で愛があるんだよ?」 「“かなり好き”と仰っていましたよ」 「それは、友情の場合だってあり得る……」 「わたくしの立場からお伝えするのもおかしな話ではありますが」  執事は、相変わらず被せてくる。あー、またこいつ人の話聞いてねえ。顎をなでなで自説を語る。 「普通、このような状況に陥った場合、パニックになっているにしろ冷静になっているにしろ、ひとまず逃げようとしますよね、ひとりででも」 「……ん?」 「しかしお客様は現在、大人しくパートナーを待っていらっしゃる。少し混乱はされておりますが」  まあ、確かにそうだ。 「最初にこの部屋を出そうとしたのも、パートナーの為ですよね。お客様には、パートナーを置いて自分ひとりで逃げようという発想が全く無い」  そうだ、間違いない、否定しようもない。周央ひとりをこんな所に残していくなんて、俺は嫌だし、死ぬほど無理だ。 「全てはパートナーありき、パートナーの為。愛無くして何が有りましょうや」 「いやだから何でそこに着地するんだ意味分かんねえ」  俺がぶんぶんと頭を振っていると、 「では、これは如何」  執事の手が、俺の性器の辺りをひょいと撫でた。 「うわっ!?」  俺、ちょっと勃ってる!? 「これぞ、愛」  ベッドの上を転がり逃げる俺を眺め、執事はにやりと笑った。猫頭だと判別し辛いが、絶対笑ったぞこいつ!  がちゃ、と扉の開く音がした。俺はようやく、ガラス張りの浴室の方を向く。 「おい聞いてくれ周央! この変態、盗み聞きはするわ愛ばっか言ってきやがるわ下触ってくるわマジで変態、なんだ、けど……」  変態とは言いがかりも甚だしいですな、と憤慨する執事の声が、あっという間に遠くなる。  浴室から出てきた周央を見た俺は、それどころじゃなくなった。  心臓が、どくんと跳ねる。  白いタオル生地のバスローブを纏った周央が、ゆっくりと俺の方に歩いてくる。  俺も、ベッドの横に降り立ち、迎える。  軽く上気した頬、耳、厚い唇。漏れる吐息さえ、熱を孕んでいるように響く。潤んだ瞳が、問いたげに揺れる。  あともう一歩のところで、周央は立ち止まった。 「手、握らせて?」  周央が、小さく囁く。  右手を伸ばしてきた。握手じゃない、と思ったから、俺は左手を出す。掌を合わせ、指を絡める。抗いがたい衝動。右手を周央の頬に添える為、もう一歩、自分から踏み出した。  ぴたりと重ね合わさる右手と左手。周央の頬はしっとりと濡れて、俺の右手に吸いつく。  はぁっ、と、周央から大きな溜め息が漏れる。濡れた髪から、ひとしずく、ぽたりと落ちる。  同時にすとん、と、俺の中でも何かが落ちた。 「周央、本気なんだな」  周央が、俺を求めている。事実として、目の前にある。 「察しの良いお前は、好きだけど嫌いだな」  不機嫌そうな表情に、胸が、ぎゅっとなった。  いつの間にか、執事は消えていた。

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