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At the gymnasium storeroom 体育館裏の倉庫7

 本当は、抜きたくなかったし離れたくなかった。しばらく上に乗っかられたまま、入れられたままぼんやりとしていた。  もう、時間が無い。  使い魔が置いてくれていたタオルで、濡れた顔を拭き、当麻の身体から身を離す。  どろりとした液体と共に、穴から当麻の性器がつるりと抜けた。  後始末をしようと立ち上がり、めまいを覚えた僕は、引力に逆らわず、またベッドへ倒れ込む。息を整え、回復を待った。  両手が震えている。冷たく、指の感覚が無い。  いつもより魔法を使ったというわけでもないのに、魔力が切れそうだ。やたらと緊張したせいだろうか? まだやらねばならないことがあるのに。 『いやあ、やってみれば案外、簡単なものでしたね』 「……どれを指して言ってるの?」 『ぜーんぶですよ、マイマスター』  人型に変化していた使い魔は、三毛猫の姿に戻っていた。ベッドの上に乗り、僕の頭の近くで、んんん、と背伸びをする。 『苦労して材料を集めて、精製に時間をかけた催淫剤も、惚れ薬も、幻覚の薬も、全く使わず』  お座りの姿勢。尻尾がゆうらりと、揺れる。 『つつがなく事を終えられまして』 「確かに。こんなに簡単なら、もっと前にヤっちゃえば良かった」  ふふふふふ、と使い魔が笑う。 『冗談ですよマスター、簡単ではなかったではありませんか。魔法陣の準備も、日々の管理も、穴拡張も』 「うっさいわ! 魔法陣のあれこれと僕の身体を一緒くたにして語るなアホ!  しかもお前に任せてるからって、当麻のことあんな好き放題煽っちゃって」 『いやー、楽しゅうございました。ちゃんと結果も出せましたしね!  兎にも角にも、春休み全部使って準備しておられたものが報われて、良かった良かった』  本当にそう思う。当麻に本気で拒絶されたら、何もかもがお終いだった。  春休みの時間を、全て準備につぎ込んだ。パワーストーン、ナイフ、塩、ハーブ、キャンドル。ありとあらゆる道具を大量に消費し、これまでの知識を総動員して、体育館裏の倉庫の周りに幾重もの魔法陣を描いた。  その中でも、三つの場――元の倉庫、あらぬ映像で人を惑わせ同じ場所へ戻らせる人避けの結界、そしてベッドのある部屋――を重ねる魔法陣設置は、結界作成を得意とするカヴン『森と結界の守護者』所属とはいえ、かなり手間取った。  ちなみに、ベッドのある部屋の魔法陣に“ヤらなきゃ出られない”なんていう、複雑怪奇な制約はつけていない。必要ないし、まさしく複雑過ぎて僕には無理だ。逆に、学生と大人の扱いを区別したり、時間制限をつけるのは、意外と簡単。僕と当麻だけを選別して通すのも、簡単なことだ。  とにかく、倉庫から人を遠ざけたかった。特に計画を実行するに適した時間帯である放課後、この辺りに人がなるべく来ないよう仕向ける。  後は、当麻とふたりきりで倉庫へ行かざるを得ない状況を作れば良かった。  クラス内で一緒に体育委員になり、委員の仕事で倉庫を訪れる、というのが一番自然な方法だと思った。それが叶わなければ、どうにか言い訳を作って誘う。もしくは危険を承知の上で、一服盛って、意思を操作する。  結果、体育委員として穏便に連れて来られたのは助かった。 『マスター。彼は、マスターのことを本当に好いているのではないですか?』  はぁ? という声は、思っていたより大きかった。  思わず口を押さえ、ベッドで眠る当麻を振り向き確認。よし、まだちゃんと寝ている。 「無いよ、お前の思い違いだ。最初っから、拒絶してたじゃないか」  声のトーンを落とし、反論する。 「何度も、僕と自分の性別が男だ、って確認してただろ? 男に好かれるなんて、ましてやセックスするなんて、今日さっきまで思いつきもしなかったはずだ。これまでの言動を思い返しても、こいつが好きになる相手は、女だよ」 『彼の心は、大変しなやかで強く、自由とお見受けします。マスターを受け入れておられました』 「そりゃ、童貞だったからだろ。僕じゃなく、セックスに興味があっただけだ。好きだからじゃない。それに」  自分で言っていて、胸が痛くなってきた。 「当麻は、凄く、凄く優しいから」  僕が当麻を好きだと察して、拒絶できなかっただけで。  ただ、それだけのことなのだ。  当麻に興味が湧いたのは、先生が「ふたりでひとりなら」と言ったからだ。  僕は、実の父と母のことを全く知らない。赤ん坊の頃に施設に預けられた、とだけ聞いている。  物心ついた時、自分が起こす事柄に対して、周りの大人がいちいち大騒ぎすることに気がついた。大人達はしょっちゅう、僕を囲んで話し合いをしていた。  そういう時以外は、いつも独りだった。いま思えば、隔離されていたのだと思う。  僕が六歳の頃、ひとりの男性が僕を迎えに来た。 「君は、魔法に興味はあるかい?」  周央(すおう)恭一郎(きょういちろう)さん、育ての親との出会い。  質問口調なのに、返事など聞いてもらえなかった。彼の養子となる手続きはあっという間に終わり、自動的に、魔女宗(ウィッチクラフト)のカヴン『森と結界の守護者』所属の魔女見習いになった。  養子になった後は、彼の仕事の為と、僕の力が不安定なことで起こる不都合の処理の為、日本各地を転々とした。  ようやく力をコントロールできるようになったのは、中学三年の秋。 「そろそろ修行に行かせる年齢だが、一年くらいは、日本の高校生活も経験しておいて良いと思う」  勧められて入ったのが、いま通っている高校だ。  高校に入るまで、深く付き合えるような関係になった人は誰もいなかった。どうせ僕はいなくなるのだ。仲良くなったところで、どうにもならない。そう思っていた。 「ふたりでひとり」  先生の何気ない一言。まるで、運命のような響き。  あの時、見交わした当麻の瞳が、僕を包み込んでくれる気がした。  当麻は優しく、頼もしい。面白くて、あっけらかんとしていて、他人には細かいこと気に病むな、というくせに、細かく気を使ってくれる。  口が悪く、学校外での遊びに加わらない、そもそもクラスメイトとの付き合い方すら覚束ない僕を、何かと気にかけてくれる。ひとりになりがちな僕を誘い、一緒に行動してくれる。  当麻は恐らく、勉強に力を入れたいタイプではなかったはずだ。なのに部活の試合があっても、人数が減っていっても、勉強会を続けてくれた。  僕に親しくしようと近づいてくる人間は、以前からいた。でもそれは、僕の外見だったり、魔女としての能力を求めてのことで。  何の利害関係もない、しかも僕のダメな部分を目の当たりにしても、ずっと傍にいてくれる人は、当麻が初めてだった。  当麻と一緒にいると、これまで感じたことのない様々な感情を自覚する。喜び、楽しみ、安心感、達成感。  良い感情だけではなかった。当麻は人当たりが良いので、クラスメイトから遊びの誘いもよく受ける。合コンの誘いも、たまにある。不安、嫉妬。  お前、女子の身体のどこが好き?  サッカー部所属で、勉強会に一年の最後まで付き合ってくれた福井。エロい話が大好きで、よくこういう話を振ってきた。  俺は、おっぱいが好きだな!  笑いながら答える当麻の横顔に、何故かいちいち傷ついていた。  そのごつごつした大きな手を握りたい。女の子の話なんてしないで、こっちだけ向いていて欲しい。  自分の中に芽生えたものが、初めての恋愛感情だと気づいたのは、触れたい、独占したいという衝動を感じた時だった。  同性なのに、という戸惑いはあった。でも、当麻に対する欲求は、そんなものをあっさりと超えた。  だが、次第に僕は気づく。  自分と同じ意味で、当麻に好きになってもらえるわけがない。こいつは、女の子が好きなごく普通の男だ。  僕には柔らかいおっぱいも、お尻も無い。  ましてや生きる世界が違う。いつか、離れなければならない相手。  僕だけが、憶えていれば良い。思い出作り。  どうせ、さよならだ。 「あと一年だけ」  そうお願いして、高校二年生になった。  予定の先延ばしを恭一郎さんが許可してくれたのは、たぶん、ようやく人づきあいのようなものを僕がやっていると思ったからだ。  単なる僕の我儘の上に、いまの高校生活は成り立っている。いつ戻れるかも分からない修行に出る前の、ほんのひとときの自由。  魔女の魔法に、望まぬ一般人を巻き込むのはご法度だ。気づかれれば、きっと即座に高校生活は終わり、処罰が待っているだろう。  自由の終わりが、高校二年の修了の時か、明日か。  だったら思い出を作って明日、を選んだ。思い出さえ僕の中に残れば、どんな結末が待っていようと構わない。  僕は膝立ちになり、横たわる当麻に近づいた。良かった、まだよく眠っている。 『彼の記憶、やはり消すのですね』 「当たり前だろ、そのままにはできない」  僕は背筋を伸ばす。 「こんな記憶、こいつにとっては迷惑だ。好きでもない、しかも男とセックスした記憶なんて」  これからの当麻の人生には余計なこと。胸がちりっ、と痛むが無視だ。 「セバス、忘却と上書きの魔法陣を閉じてこい」 『承知致しました』  魔法陣の仕上げを命じられた猫は、一瞬で消える。  深呼吸をひとつ。左手をベッドにつけ、右手を当麻の額に翳す。  魔法陣に描いている効果の方向――今回の場合は記憶の忘却と上書きの効果だ――を意識すると、左手から身体の中に、矯正する力のようなものが流れ込んでくる。  矯正する力と僕自身の中にある魔力が合わさって、身体中を駆け巡る。 「……んっ、ふっ」  驚いたことに、力の流れは先程感じた快楽と痛みの痕をなぞり、全身をびりりと痺れさせた。魔法を使うときに、勃ちそうになるなんて初めてだ。  予想外の快感と、罪悪感。  もう一度、深呼吸をする。  僕は、女神へ捧げる詩を詠う。魔法の発動と、魔法への助力を願うために。  部屋の中がぼんやりと、白色に輝き始めた。 「母なる大地、産み、育み、成熟させ  移ろい、衰え、落ちる  全ての時を身のうちに秘める、女神よ  つのを持ち  森の生きとし生けるものの生と死を  存在を決する、男神よ  地に楓の葉が降り積もり、土に還り  新たな芽吹きを迎えるように  この者に起こった出来事を土に還し  新たな記憶を植えるよう  我、周央直、大地の女神に恩恵を授かりし  森の守護と結界の担い手の名において  心の安らぎを彼の者へ  上書きの記憶を、当麻新太へ  心の安らぎを彼の者へ  心の安らぎを彼の者へ」 「ごめん、当麻」

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