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Like honey はちみつのように1※
「で?」
昼休み。俺と斉藤はいつものように周央の席に椅子を持ち寄り、それぞれ弁当を広げる。周央も、弁当を鞄から取り出していた。
「何、でって、突然」
ひらがな一文字で話を進めようとする斉藤に、疑問で返してやる。
「ロッカーのヒロシ君がパンク野郎だっていうお前の説は証明できたのか、って話! 先週行ったんだろ、体育館裏の倉庫。ヒロシ君どんな感じだったよ?」
俺は周央を見た。視線が合うと、ついと逸らされた。あれ、俺何かしたかな?
朝から気にはなっていたが、やはり、顔がいつもより青白い。目の下にクマがうっすらできている。調子が悪いのか。
周央は二年に進級してから、遅刻や休みが多くなった。
詳しくは聞いていないが、元々色が白いし、身体がそんなに丈夫ではないのだと思う。治りにくい病気、とかなのだろうか。
「とうとう中に入れた奴らが出たらしいって、週末からSNSで噂になってたぞ。証拠写真まで撮ったって? いやあ、勇者だよな!」
先週金曜日の放課後、体育委員の当番ということで、周央と共に挑んだ体育館裏の倉庫の点検と掃除のことだ。
鍵は開いているのに、体育館の裏にある倉庫に入れない。
なんていう、冗談みたいな異常が始まったのは四月初め、いまは五月だ。入れないのは学生のみ、時間帯は放課後から明け方まで。日中であれば学生でも入れること、教師はいつでも入れることから、不利益を受けたのは一部の部活動生のみで、損害は小さいと判断され、外部には相談されなかった。
しかし不都合なものは不都合、ということで学内でどうにかできないかと生徒会で議論された末、試しに始まったのが、各クラスの体育委員による金曜放課後の見回りだった。当番制で、先週がうちのクラス、つまり俺と周央の番だった。
倉庫の周りや窓、扉、中の様子を確認しながら写真を撮り、簡単な整理整頓をして、職員室に待機していた先生に報告を終えたのが十九時半前。学校に残っている生徒はほとんどいなかったのだが、どうやって情報が漏れたのだろう。
外部に相談しないのは、学校の評判が落ちるのを懸念しているから、ってのは理解できる。
しっかし、ネット上で噂になってるなら、外部だの学内だの、あんまりこだわる必要なくねえ?
写真見せろよとせっつかれ、俺は自分の席に戻り、鞄からスマホを取り出す。歩きながら件の写真をフォルダ内から探す。
「はいどーぞ」
「おお、これこれ、っておいお前の妹の写真とか誰得だよ、つか大きくなったな新奈 ちゃん。今年中一?」
「誰得とか言いながら普通に質問してんじゃねえよ、そう、これ入学式の時の写真ね嫁にはやらん」
「何も言ってねえし」
斉藤に持たせたまま、スマホの画面をスクロールしていく。あったあった、これだ。
「はあ、マジか! これか! ほお……つか、普通に、倉庫だな」
「体育館の裏にある何の変哲もない倉庫だよ何を期待してたんだ」
俺は呆れ声を出す。
「や、春からこっち、生徒が軒並み辿り着けないとか助けてとかぎゃあとかってホラーな声が聞こえるとか、すげえ噂になってたじゃん。ものが飛んでるのが窓から見えたとかさ。何か変わってたのかなって」
「変わったものは何も。確かに物はちょっとバラけてたりしてたんで、纏めたり、箒で床掃いたけど」
「で」
斉藤は笑顔で促す。
「で?」
俺は首を捻った。
「おい、バカ当麻」
「バカとはなんだバカとは」
「今日のお前は調子が悪いねえ。いつもならぽんぽん応えてくれんのに。ロッカーの、ヒロシ君!」
「あー」
どうしてだろう。行く前はあんなに気になっていたのに、いざ入ってみると、おかしなことに、ロッカーを見ても何とも思わなかったらしい。ロッカーに特別意識を払った記憶は無かった。
「すまん、俺、俺が思ってたほどヒロシ君のこと、気にしてなかったっぽい」
「あっそ、確認しなかったのか。あんなにご執心だったのにポイ捨てかよ。ヒロシ君報われねえなあ」
スマホを俺に突き返しながら、斉藤は周央に矛先を向けた。
「周央は?」
返事が無い。箸を持ちながらフリーズ中で、斉藤の声は届いていないようだ。
「周央!」
「……えっ?」
「大丈夫かお前、具合悪い? ロッカーのヒロシ君のこと聞いてんだけど」
「あ、ああ」
周央は、視線を下に落とす。
「そもそも興味無い、か」
周央は顔をむっとさせる。不機嫌そうな表情をするのは日常茶飯事ではあるが、今日は顔色が良くないのも相まって、一段と表情がきつい。
「……もういいだろその話。やめろ」
おやおや? と、俺と斉藤は目を見合わせる。
「あー、まあ、しばらくはお前達が掃除行くって話だもんな、また何かあったら教えろよ」
ところでさ、と斉藤は話題を変えた。
周央は普段から、可愛らし系美人な顔に全く似合わないレベルで口が悪い。でも、いまみたいな、拒絶を剥き出しにしたような言い方は滅多にしない。心根は、顔と同じで優しく可愛らし系だからだ。
どうしたんだろう、周央。
掃除の時は普通に見えた。週末に何かあったのか。身体は、大丈夫なのだろうか。
――――――――――――――――――――
案外、バレない。
セックスをすると、世界が変わるだの何だの、言う人達がいるらしい。
でも、僕は全然変わっていない。誰にもバレていない。恭一郎さんにも、カヴンのみんなにもバレなかった。
カヴンの集会が行われる土曜日は、内心ばくばくだったけれど、いつも通りに時間は過ぎた。
落ち着いて考えてみると、それが当たり前なのだ。
だって、僕しか知らない。セックスした相手である当麻ですら憶えていないのだから、僕が口を噤んでしまえば、完全犯罪の出来上がりだ。
誰にもバレていないし、当麻が委員会の顧問の先生に、倉庫の掃除を引き続き行うと申し出てくれたので。
次の金曜日も、同じことを繰り返してみた。
執事に扮した使い魔と当麻のやりとり――何故か今回、当麻は僕の体調のことをやたら心配して、セバスチャンに説明していた――を経て浴室で準備して、男同士なのに、というくだりも、なんとか乗り越えて、キスをして、フェラをする。
硬くなった当麻のものを目にして、僕は密かに胸をなで下ろす。良かった、今回も勃ってくれた。
違ったのは、挿入のところからだった。前回と同じく、四つん這いの体位で、ローションが漏れ出ている穴に、当麻のものが当てられると、
「……ぅあっ」
自分でも認識できる程に、穴がひくついた。僕の変化に、当麻が一旦停止する。
「気、にしないで。続けて」
「本当か? 身体、大丈夫なのか?」
「入れてよ、早く!」
焦る僕の言葉をそのまま受け取った当麻は、いきなりぐいいっと、半分くらい押し込んだ。
「いっ、た!!」
驚きと痛みで、大声を出してしまう。勢いで、涙が溢れた。
「ああっ、ごめん! 大丈夫か?」
「……ん、ゆっくり、して」
「だよな、ごめんな」
当麻は速度を落とし、中に押し入ってきた。
「……っは、ぅぅん」
前回、初めて受け入れる違和感と痛みの中で少し感じていた、腰のぞわぞわ。今回は、もっとはっきりと感じられる。
根元まで到達すると、当麻はゆっくりと、腰を前後に動かし始めた。
繰り返される水音。だんだんと気持ち良さが増してくる。
喘ぎ声が、口から漏れ出す。
「あっ、はっん、んっ」
僕はクッションにしがみつき、与えられる快楽の波に耐える。抜き差しされる毎に、ぞわぞわが大きくなる。
喘ぐ口から涎が垂れるのを止められなくて、自分の舌でぺろりと舐め取った。
「……おい、これ何」
いつも明るく、寛容の見本のような当麻から、聞いたこともない、低い、怒気を孕んだ声が発せられる。怖い、と思うと同時に、ぞくりとする。凄く良い声だ。胸がきゅっとなる。
「何でいま、締めつけてくんの? 思い出した?」
何のことだろう?
当麻は、いままで以上にじっくり時間をかけ、ぎりぎりまで腰を引いて、性器を深く突き刺す。
「んああっ!」
「なあこれって、キスマークだよな、誰がつけた? そいつとヤった時こと、思い出したのか?」
「あっ!」
背中がなぞるように撫でられ、くすぐったさに身体が震える。背中にキスマーク? そういえば前回、背中を吸われてたような気がする。残ってたのか!
僕は、予想外の流れに固まってしまう。
「言えよ」
再び深い突き。
「ああっ! んっ……お前、だ」
「……はぁ?」
他にどう答えれば良いのか。おろおろしていると、当麻は深く突き刺した性器を抜き、僕の肩を掴んで仰向けに回転させた。覗き込むように顔を近づけられ、つい、目が泳いでしまう。
当麻は舌打ちしながら上体を離し、両膝を掴んでぐいっと僕の股を押し開いた。限界まで開くと、僕の身体に覆い被さり、穴に、一気に押し込んだ。
「あぁっ!」
「……へえ、こっちの体位、男でもできるんじゃん。やってみるもんだな」
はっ、と短く息を吐く。
「なあ、こっちも触って良いよな?」
当麻は、硬く反っていた僕の性器を右手で包み込む。
「はうっ」
握られるだけで、前回の悦びが蘇る。自分の腹の中が締まったのを感じた。
「くそっ!」
「いっ……ああっ!」
鎖骨の辺りをがぶりと噛まれた。驚きと気持ち良さと痛みで、背中が繰り返し跳ねる。
「誰なんだよ、周央をこんな風にしたのは! そいつがいるから、最近様子が変だったんだろ! 体調悪くするくらい、ヤりまくったのか!? 俺を、俺だけを選んでくれたんじゃないのかよ!?」
当麻は顔を近づけ、僕の垂れ流した涎を舐め取り、唇を甘噛みし、口の中に、舌を深々と差し入れた。そのまま、まるで犯すように、乱暴に掻き回す。
そして耳元に口を近づけ、耳朶をひと噛みし、
「淫乱」
「あう、んんっ!」
暗い、怒気を帯びた声が、耳を支配する。
それだけで達してしまいそうだったのに、当麻は僕を追い立ててきた。僕のものを強く、優しく扱き上げ、同時に腰の動きを早めて、淫らな音を奏でる。
「はっ、はっ……っん」
「やっ、あっ、んんっ。はぁっ、んふっ」
僕と当麻の口から漏れ出る吐息が、次第に激しくなっていく。
「やっ、とう、まっ、あああああっ!」
「くっ……ぅ」
僕が自分のお腹の上に射精するのと同時に、僕の中で当麻の性器が蠢くのが分かった。温かさがぶわりと増す。ああ、また中に出してもらえた。
ふたり一緒に、ベッドに並んで倒れ込む。
当麻の横顔を見る。息を荒くしたまま、当麻に語りかけた。
「はあっ。ほん、と、なんだ。当麻」
「何、が」
当麻はそっぽを向いたままだ。本当に、怒っている。
「魔女の、魔法で、消してるんだ、お前の記憶。だから、憶えてないだけで。僕とのセックス、今日で、二回目」
「え……は、はあっ!?」
やや間を開けて、当麻は振り返り、僕に詰め寄ってきた。
「いやいやちょっと待て、何で、何で消す? そんなことできるのか? 魔法? てか、他の奴とヤってないってことはやっぱ俺のこと、マジで好き……ん、待て、じゃあこの部屋は、いや、じゃなくて周央聞いてくれ、俺は」
「ごめん、当麻」
矢継ぎ早の質問に、動悸が高まる。僕は胸を押さえ唾を飲み込み、身体を起こして膝立ちになった。
「セバス」
使い魔の方を見もせず、命じる。
混乱している当麻の額に右手を翳す。左手でシーツに触れ、背筋を伸ばし、魔力の流れを感じて。
「っん!」
達したばかりだし、落ち着きを取り戻していなかったからだろう。また、快感が身体中を突き抜ける。今度は昂りを抑えられず、白濁の液体が、僕の中から勢いよく飛び散った。
当麻は、そんな僕の姿を黙って、食い入るように見ている。
僕は恥ずかしさで頬が熱くなるのを、そのままにした。目頭がじわりと熱くなり、視界がぼやける。
でも、いまやらなくちゃ。
僕は股間を濡らしたまま、そして先刻の享楽の痕をあちこちに垂らしたまま、詠い始めた。
以前カヴンの集まりの時、冗談めかしてメンバー達が忠告してきたのを、縁遠いからと、適当に聞き流していた。
そうか、魔法を使う前にセックスをしてはいけないって、こういうことだったのか。
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