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Like honey はちみつのように2※
「周央、今週もダメ?」
「……」
「周央」
「ごめん、時間が取れそうに無い」
「家の用事?」
「……」
「そっか。無理にとは言えないもんな」
「……」
「何か、あった?」
周央はぶんぶん、と首を横に振る。
周央が、一緒に勉強をしてくれなくなった。初めて体育館裏の倉庫に行った後からだ。最近では、目も合わせないし挨拶もしない、会話もろくにしない。いつの間にか学校に来て、いつの間にか帰っている。
一緒にいるのまでは拒まれていないので、教室を移動したり、昼飯を食ったりはする。だが、常にぼんやりとしているので、話すのは俺と斉藤だけだ。
周央の体調が悪いのは、一目瞭然だ。顔色が全く良くない。白い肌に青みが増している。目の下なんか、青いのを通り越して青黒い。なのに周央は、何も話してくれない。
最初の頃に戻ったみたいだ。少しずつ順調に距離が近づいて、お互いに信頼できる関係になってきていると、思っていた。
でも思っていたのは、俺だけってことか?
更に嫌なことを考えてしまう。顔色が悪いの、もしかして俺のせい? 俺、もしかして何かやらかした? 嫌われた、とか。
あー、胸が痛い、すげー痛い。
こんなのは初めてだ。いや、初めてじゃないな? 周央が男だと知った時にも感じたっけ。
失恋みたいな……失恋?
おいおい、だから何で失恋なんだよ! いくら寂しいからってそんな、お? 俺、寂しいのか!
ごちゃごちゃ考えているうちに、クラスの奴らが次々と教室を出ていく。次の授業は物理で、別教室になるからだ。あっという間に人が減り、クラス内は、俺と周央だけになる。周央も教材を机から取り出し始めた。俺も慌てて教材とペンケースを掴んで、周央の方に向かう。
周央は、突然立ち上がったせいだろうか、ふらっとよろめいた。
「周央!」
俺は咄嗟に右手で周央の腕を掴み、自分に引き寄せて抱き止める。俺が持っていたものは全部、どさどさと床に落ちた。
身体がぴったりと、吸い寄せられるように感じた。まるで磁石みたいだ。甘そうな匂いがふわりと、鼻を掠める。
ばくんと、心臓が跳ねた。
「うっ!」
思わず声が出て、左手で口を抑える。ちらっと周央を盗み見た。変に思われてないだろうか?
お次は心臓がぎりりと痛む。周央の、背けた横顔がいつも以上に真っ青で、泣き出しそうに歪んだからだ。
「……なせ」
「え、何?」
「離せ、つってんだ」
周央が、弱々しい力で俺の胸の辺りを押す。
俺は、周央の腕を掴んだ右手に力を込めた。
「……嫌だ。周央、全然力入ってないじゃないか。倒れそうなんだろ?」
周央は首を横に振る。
「離せ」
こちらを見ずに、繰り返し呟く。どうして。
「なあ、もしかして俺のこと、嫌いになった?」
つう、と周央の目から、涙が流れ落ちた。
俺まで、目の奥がじんと熱くなる。泣くほどか。そんなに俺が、嫌か。
嫌がられているのに。
無性にその白い身体を抱き寄せたくなり、左手を背中に回そうとした。
がらがら、と教室の扉が開かれる。
「何やってんだお前ら、次、遅れんぞ」
斉藤だった。俺は周央の腕を離す。
「斉藤、後よろしく頼む」
近づいてきた斉藤に周央を預け、教材とペンケースを拾い上げ、逃げるように教室を出た。
俺は、いま何をした?
周央は、どうして。そんなに俺が嫌いなのか?
俺は、どうしたんだ。
――――――――――――――――――――
当麻は優しい奴だ。優しくて、誰に対しても平等。何が起こっても、笑って受け止めてくれる器のでかい奴。
まさか、同情で男とセックスしてくれるまでとは思わなかった。本当に、優しい。
回数を重ね、話がスムーズに運ぶようになった、と思う。体育館倉庫に閉じ込められ、当麻が動揺する態度は毎度のこと。男同士だよねと抵抗を示すのも、お馴染み。
戸惑いをキスとフェラで散らし、セックスにもっていく。
きっと、僕が慣れたせいなのだろう。
とにかく、記憶は確実に消している。倉庫周りを確認して、中を清掃して、帰宅する。そんな、“体育館裏の倉庫の清掃を任された体育委員”が、当たり前にやりそうな記憶に挿げ替えて。
だが不思議なことに、当麻の行動の数々が“初めて”とは思えない動きをするようになった。
近づくと最初に、必ず僕の匂いを嗅ぐ。僕の匂いが気に入って繰り返している、というのは有り得ない。気に入るという考え方は、前回やったことを憶えていなければできないからだ。なのに、触れてくる前、必ず僕の首筋に鼻を寄せ、深く呼吸する。
花の甘い香りに引き寄せられる昆虫のように、そこに求めるものがあると知っているみたいだ。
男同士での行為が可能かどうか、確認の意味合いが強かったはずの最初のキスも、すると察しただけで、目を閉じ唇を開くようになった。しかも、濃厚で、纏わりつくようなキス。
舌を絡めてくるのは良いとして。口の中の隅々まで侵入し、唾液を啜り取っていく。長々と、気が済むまでそれを続ける。
終いには、名残惜しそうに僕の唇をやんわりと噛む。「男だったよな?」というくだりの直後のキスでだ。本人はたぶん、そのギャップに気づいていない。
代わりに、「俺、ほんとに嫌われてないんだよな?」と訊ねてくるようになった。
僕は最近、罪悪感と猛烈な気恥ずかしさから、当麻を避けるようになってしまっていて、そのことを言っているのだと思う。申し訳ないけれど、どうしても、以前のように接することができない。
更に不思議なことに、キスの後、フェラをしようとして、当麻のものに触れると、
「……先走り、凄すぎ」
かなりの滑りが溢れて、てらてらと亀頭を光らせるようになった。
キスに感じているのか、それとも、行為が進んだ先で与えられる快感を想像したのか。まあそれは無いだろう。フェラの記憶は無いのだし。キスに感じているのだろう、きっと。
キスの回数が増えた。腰を動かしている最中にも、幾度となくキスを求めてくる。
それから、僕は当麻のものを舐めている最中、僕自身の乳首を弄るのが癖になってきていて、当麻はそれを毎回目敏く見つけ、僕を押し倒した後、念入りに乳首を舐めて、指で玩ぶようになった。憶えているはずはない。毎回必ず弄っているのがバレているだけだ、と思う。
そういうわけで最近は、僕の身体は滴る汗と溢れる涙、そして当麻の涎にまみれる。
もっと凄いのは、当麻の吐精の回数が増えたこと。三回目の時、抜かずに連続で三度も射精されたのは心底驚いた。
四回目の事後。記憶を消す作業に入る前にシャワーを浴びようとした。五分でベッドに戻るつもりだった。
かたん、と控え目な音とともに、浴室の扉が開く。
はあ、はあと息を上げ、当麻が僕の全身を嬲るように眺める。当麻の性器は、すでに臨戦態勢だ。思わず逃げようとした僕の腕を、当麻は力強く握る。
「お願いだ周央、逃げないでくれ」
当麻は、壁に向かって僕を軽めに放った。僕は驚き、よろめいて掌を壁につく。すると間髪入れずに、両手首を掴まれた。
「ちょっと当麻、危な……」
僕の言葉を阻むように、当麻は僕の手首を十字状に組み、右手ひとつで壁に強く押しつける。
「シャワー浴びてただけだろ、離せよ……当麻?」
無防備になった僕のお尻に、熱く硬くなった先が充てがわれる。首筋にひとつ、キス。
「ごめん、もう一回。治らないんだ」
耳元で囁く。
「周央が俺のこと、嫌で避けてたんじゃないんだって分かって、すっげー嬉しくて」
「……さっき、抜かずに二発、出してただろ」
「もう無理、待てない」
ぐいっと腰を引っ張られ、お尻を突き出した状態にさせられる。指先で背筋を撫でられた。
「っあんっ!」
びくっ、と背中が反る。
「周央、凄く綺麗だ」
「はっ、ああっ」
後ろから勢いよく突かれる。中は先程出されたもので潤っていたから、あっさりと奥まで侵入された。
「あ! っくぅ」
当麻の左手が、乳首を弄ってくる。
「うん……、あっ、ん」
僕の穴から発せられる水音が、浴室に大きく響き渡る。
浴室での交わりは、なかなか当麻が達してくれず、一時間も続いた。ちなみに僕は、気持ち良すぎて出るものも出なくなるくらい、数えきれないほど達してしまった。
喜んで良いのか怒って良いのか、戸惑う。
当麻のセックスのスキルは着実に上がっている。どういうことなのだろう。
僕の身体にも、不思議なことが起こっている。
最初はあんなに痛かったのに、いまでは当麻の硬くなったものが軽く入り口をノックするだけで、締まる。なのにいざ先っぽを入れられると、簡単に飲み込んでいってしまうのだ。
僕は恥ずかしくて、全身が熱くなる。そして僕の中は当麻を受け入れて、悦びでうねっている、らしい。当麻は毎回、入れた直後に唸るようになった。一度訊ねてみたところ、「搾り取られるのを堪えてる」と答えた。
そして始まる、いやらしい音と動き。高く響く粘液の擦れる音と、押しては返す快感の中で、僕は当麻とキスをし、身体を密着させる。
ふたりだけの空間で、繋がる身体。荒くなる息の音。熱く滾ってくるともう、それが僕の身体なのか当麻の身体なのか、混ざり合って区別がつかなくなっていく。
蕩ける。滑らかに合わさり、触れて、揺れて、重なる。自分が自分じゃなくなる、一歩手前のような感覚。
「ふたりでひとり」という言葉が、頭を掠める。
記憶は確かに消えているはず。身体が憶えている、ということだろうか? それとも、別のどこか?
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