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Like honey はちみつのように3

 休み時間、周央がペンを落とした。  立ち上がろうとすると、ちょうど通りかかった黒髪、黒縁メガネの女が、ポニーテールを揺らしながら、無駄のない動きで拾い、周央の机に置く。  周央は女の方を見もせず、お辞儀をした。  すると女は、周央の伏せられた顔に顔を寄せ、何事か話し始めた。  長い。  周央は時折女を見上げ、言葉を返している。  一瞬、こちらを見た。目が合う。即座に逸らされたが、その視線の軌跡を辿るように、女もこちらを見てきた。何だろう。  再び女が周央に話しかけ、周央の耳が、紅潮した。  くそっ、胸の辺りがざわざわする。 「……麻。当麻!」  声のする方を向くと、斉藤が前の席の椅子に座っていた。 「当麻……なあお前ら、マジで何かあったのか? 周央、お前のこと避けてるし、お前のそれも、また酷くなってる」 「それ?」 「周央観察だよ! 行動が一年の最初の辺りに戻ってんぞ」 「あの女が」  俺が指差そうとするのを、斉藤が手で軽く叩く。 「あの女、ってのは止めろ、うちのクラスの委員長だろ! ……ったく、委員長は、体調の悪そうな周央に声かけしてるだけだろうが。心配ならお前も行けよ」 「うーん……」  それが可能なら、こんなところで悶々としていない。 「お前もその奇行が無けりゃ、そこそこモテるのにな。見た目も悪くねえんだから」 「……ん」 「おい、聞いてんのか? ちょっとは周央から目を離せ、つってんだよ、こっち見ろ!」 「あー、無理無理、気になり過ぎて」 「俺はお前らどっちも心配だよ……おいまた聞いてねえだろ」 「ん、聞いてるよあんがと、つーか奇行って酷くね?」 「いまそこかよ!? やっぱこっち見て話さねえし! ああ、もう良い勝手にしろ」  斉藤は、俺の額に軽くデコピンして席を立った。  金曜の放課後は必ず、一緒に体育館裏の倉庫に行ってくれるのに。  周央は、頑なに俺と話すのを避ける。近づくと、距離を取られる。  そういう行動にいちいち胸を痛ませていたせいだろうか、近頃、妙な夢を見るようになった。  見るようになった、というかたぶん、見ている。起きると思い出せないので、一体どういう内容なのかは分からない。  元々夢をあまり見る方ではないから、気にしなければいい話ではあるのだが、ひとつ問題があった。  その夢を見ると毎回、同じ感覚に陥り、それが目覚めても後を引く。  初めは、胸が幸せで満たされるのに、最後には俺が、誰かを傷つける。  望んでいる以上に得ているという優越感と満足感、その代わり重大な過ちを犯しているんじゃないかという、罪悪感。焦燥感。そして苛立ち。  きっとその誰かとは、周央だという確信があった。俺は、周央に何かしている、のだろうか。  嫌われるような、決定的な何かを。  俺は、どうしたら良い?  ――――――――――――――――――――  僕は浴室で何度もイかされた後、しばらくぐったりとベッドで横になっていた。 「……体力、バカ」 「う、うるせえ……ごめん、辛かった?」  当麻は自分の背中とヘッドボードの間に大きめのクッションを挟み、僕の身体を引っ張り上げ、抱き寄せた。  頭に軽くキスをして、僕のお腹をさする。  的外れな行動に、笑いがこみ上げてきた。 「ふっ」 「周央……」  何故か、当麻が泣きそうな声を出す。慌てて、セバスに飲み物を持って来るように頼んだ。きっと当麻も疲れたのだろう。  当麻が僕を後ろから抱きしめたまま離さないので、そのままの状態で飲む。  何だろう、このまったり感。勘違いしそうになる。 「それ、何?」  僕の飲み物は、でかいビール用のジョッキに入れられていた。当麻のは、ティーカップだ。当麻は、僕の赤い液体が入ったジョッキと自分のカップを見比べる。 「特製ドリンク」 「何が入ってんの?」 「ハーブが数種類と、あと牛……いや、企業秘密! とにかく体力回復用!」  たぶん一般の人にはドン引きされちゃうやつだ。危ない危ない。 「安心して。当麻のは、ごく普通のカモミールティーだから」 「回復して、何すんの?」  ジョッキの中身を一気飲みして、使い魔に返却する。  そうだ、今日は授業が早めに終わったから、まだ時間があるはず。どうせ記憶は消すのだから、少し話しても大丈夫だろう。 「ん、魔法を使う」  当麻は黙り込んだ。まあ、いろいろやった後にこれは、キャパオーバーだよなあ。大丈夫大丈夫、後で綺麗に消しますから。 「僕、魔女なんだ。この空間を作ったのも僕だし」  使い魔を見遣る。 「僕が、あいつのマスターだ」  さあ、文句があるなら言ってこい、この勘違いを誘発しそうなまったり空気を壊して、僕を責めろ。 「じゃあ、あいつは周央のサーヴァントなのか?」  予想斜め上の返答。一瞬何のことだか理解できず、考え込んでしまった。 「サーヴァント? 普通の使い魔だよ。召使いっていう意味ならそうだけど……当麻、もしかして戦う系のアニメ想像してない?」  当麻がこくりと頷く。いやいや戦わないから、と笑って否定した。 「そもそも魔女宗は、相手を傷つけることを禁じてるから、戦うとかあり得ないよ。  ところで当麻、驚かないんだな、僕が魔女だってこと」 「ああ、だってさ」  ティーカップを使い魔に手渡し、当麻は僕を改めて両腕で抱き締めてくる。首筋に、ちゅ、と軽いキス。 「周央の行動、ってかプライベート? 謎だもんな。でもさ、その見た目なら……周央って、俺にとっては、現実離れしてるって思えるくらい、綺麗で、美人で。だから魔女とか魔法使いだって言われても、なるほどなって。もし妖精とか女神だって言われても俺、ああだろうな、って凄え納得できるよ。  魔法も、この部屋おかしいし、そこに猫頭の執事で使い魔な奴がいるくらいだし」  妙な理由で、納得してしまえるらしい。 「この周央の、脱ぐと見えちゃう筋肉とかさ、俺、前から修行僧みたいだなと思ってたんだ。普通の、ただの筋トレでつく筋肉とはちょっと違う、スジの通ったストイックさ、みたいな。尊い、って言葉が似合う感じ。しかも何か、色っぽい」  背中をつい、となぞられて、くすぐったいのと気持ち良いのとで思わず、んんっと声を出してしまう。  驚き。大正解だ。心技体全てを鍛え上げることを旨とするカヴンなだけに、日々の鍛錬は怠らない。朝のジョギング、ストレッチに瞑想、簡単な魔法発動プログラム。毎日続けていたら、筋肉はいつの間にかついていた。 「じゃあ、閉じ込めたことについては?」 「あ、あー」  頬を赤らめる。ほんとに驚きだ、何故ここで赤面? 「俺のうぬぼれとか勘違いだったらごめん。これって、周央が俺のこと好きだからやったんだよな? 俺を選んでくれたんだよな?」  当麻は僕を抱き上げ、向かい合わせに座らせた。 「怒れるわけねーじゃん、嬉しいだけだって。最近、嫌われたと思って落ちてたから余計に……俺のこと避けてたのも、恥ずかしかったから、だよな?」  わあ、好意的な解釈だ。勝手に記憶を改竄して、何度もセックスさせちゃってる、罪悪感の方がでかいのに。 「それにほら、周央、すっげー魅力的っつーか、エロいっつーか」  そう言って唇を寄せ、キスをしてくる。舌を絡ませながら、僕の腰骨を両手で掴み、下腹部に、硬いものを擦りつけてくる。   ああ、またでかくしてるよ当麻。回復ドリンク飲ませてないのに。やっぱり体力バカだ。  キスを続けながら、お尻を撫でられる。当麻の腰が前後に揺れる。 「んっ」  これはダメだ。どういうわけか、今日の当麻はネジが緩み過ぎている。僕は手を振り、セバスに指示を与える。 「……んはっ、忘れ、さ、せるから」  キスの合間に、ようやく言葉を挟んだ。当麻が唇を離す。 「は? どういうこと」 「僕と、セックスしたことだよ。もう何回も忘れさせてる。今回も忘れてもらうから」 「えっ? ちょっと待て、何回も?」  当麻が慌て始めた。ああ、いつもの流れに戻った。 「どうして忘れる必要がある? そんなの意味無いのに」 「当麻にはあるよ。もちろん僕にも」 「だって俺は……待て、俺はっ、一体」  当麻の額に掌を翳し、僕は詠う。 「何回お前とヤったんだ!?」

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