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Like honey はちみつのように4※
俺がその視線に気づいたのは、英語の古谷先生不在による、自習時間中だった。
課題のプリントが大量に出ていた為、皆が背中を丸めて机にかじりつき、回答を書き込んでいる間、俺は顔を上げ、周央を眺めていた。
姿勢良く座っている周央の視線は、プリントに向けられている。しかし握ったペンは、ぴくりとも動かない。整った顔立ちと肌の綺麗さ――今日も青白い――も相まって、美術室に置かれた彫刻のようだ。
大丈夫か、あれ?
周央から嫌がられるのは目に見えているが、致し方ない。声をかけるために席を立とうとした矢先。
俺以外にもうふたり、周央の方に視線を送っている奴を発見した。
ひとりは斉藤。まあ、あいつは納得だ。最近周央が俺を避けるので、代わりにさり気なく、周央の面倒を見てくれている。
もうひとりは、艶やかな黒髪のポニーテールをゆらりと揺らし、黒縁のメガネ越しに、周央の方をガン見している。めっちゃ、ガン見。委員長だ。
ふたりが、俺に気づいた。三人で、顔を見交わす。
先に動いたのは斉藤だった。俺達に掌を見せ、座っておけ、とジェスチャー。自分の席を離れ、周央の隣にしゃがみ、小声で話しかける。何を話しているのかは聞こえなかったが、斉藤が立ち上がり、周央の腕をとって教室を出る。恐らく、保健室へ連れて行ったのだろう。授業時間内には、ふたりとも戻ってこなかった。
「周央に、何か用?」
休み時間。俺は委員長の席へ行き、話しかけた。
「何か用、って、ひっどい言い方」
委員長は、はっ、と息を吐いた。失笑、って感じだ。席に着いたまま、睨みつけるような目で、俺を下から見上げる。
「周央君は、当麻君のもの? 具合悪そうなクラスメイトの心配しちゃ、ダメなの?」
「……いや、別に駄目じゃないけど」
俺は何が言いたいのだろう。考えが纏まらず、苛立つ。
「ふーん」
頬杖を突きながら俺の様子を窺っていた委員長が、ぼそりと呟いた。
「当麻君って、意外と面倒臭い人なんだ?」
おお、何だ何だ?
「周央君のことだから? 当麻君って、みんなからは良い奴って評価されてるみたいだけど、私は同意できないな」
言葉が刺々しい。これ、気のせいじゃないよな。
「鈍感なのか敏感なのか、どっちかにすればいいのに」
喧嘩売られてるのか、俺?
「……はぁ?」
「ちょい待ち、ふたりとも」
斉藤が割って入ってきた。斉藤、いつの間に帰ってきたのだろう。周央は一緒ではないようだ。保健室に置いてきたのか。
気づくと俺達は、クラス中の注目を集めていた。
「委員長、当麻をいじめてやるな。たぶん誤解だから」
「誤解って……」
「ちょっと良い?」
斉藤に教室の外を指し示され、委員長は嫌そうな表情をしながらも立ち上がる。
委員長は斉藤と共に、教室を出て行った。
――――――――――――――――――――
僕は、片手で当麻の袋をそっと包み、もう一方の手で竿を扱く。袋から、裏筋を舌先でなぞっていくと、当麻の性器はあっという間に屹立する。
先端の割れ目に舌を這わせて丹念に舐め、徐々に口蓋、喉の奥へ迎え入れる。当麻はいつも手の置き場所に困るようで、宙に彷徨わせているのを掴み、僕の後頭部へ誘う。
「……っく、ん……はっ、あ、ぐっ」
摩擦を強めると、当麻の口から唸り声が出てくる。
もう少し、あともう少しで当麻の、
「……ん、離せっ!」
口から引き抜かれた当麻から、勢いよく精液が噴射される。ああ、まただ。また外に出された。
「なあ、何で飲ませてくれないんだよ?」
いつもいつも、せいぜい顔射止まりだ。僕は当麻のを飲みたいのに。身体の中に取り込んで、そのことを憶えていたいのに。
「駄目だ、はあっ、絶対、駄目」
息を荒くしながら、首を激しく振る。
当麻は、セバスがサイドテーブルに置いてくれていた濡れタオルを掴み、僕の顔を丁寧に、優しく拭ってくれる。
「こんなっ、美人で綺麗な周央が俺のを咥えるだけでもヤバいのに、俺のを飲むなんて言語道断だろ!」
美人で綺麗なという部分は削除するとして。口に咥えるのは許可、顔射もオッケー。飲むのは禁止。どういう理屈なのか、理解不能だ。
「よし、じゃあ俺にもやらせろ」
「えっ、ヤダっ!」
大声が出てしまった。
「何で」
「え、だって、死んじゃう……」
「死ぬかよ! 周央俺のやっても死んでねえじゃん!」
恥ずか死ぬ。それに、当麻の口に含ませるなんて。
これから彼女とか出来たら、どーすんだよ。
そうだよ当麻。彼女ができたら、その口でお前はその子を愛するんだぞ?
当麻が、珍しく女の子達に囲まれていた。
理由は簡単だ。当麻が僕を構っていないから、話しかけやすくなっているのだ。当麻は、モテる。すごく優しいし、包容力あるし、僕みたいな奴を気にかけてくれる。とにかく格好良い。
斉藤も、頭は良いし運動神経も良いしイケメンだし、背も高い。だけど、彼はとにかく人を選ぶ。受け入れられない相手には、結構冷たい。女だったら、やっぱり当麻みたいな人が良いに決まっている。
優しく微笑む当麻に、女の子達は笑い声を上げる。楽しそうだった。
いつもなら、流すことのできた光景。なのにいまは、胸が凄く痛い。見なければ良いのに、目でついつい追ってしまう。
いつもの何倍も、胸が引き裂かれる思いを味わう。
罰だ。これは、当麻の気持ちを無視して肉体だけを手に入れた、僕への罰だ。
回を重ねるごとに、当麻の行為は執拗に、ねっとりした濃厚なものに変化した。
身体は、時間をかけて全身くまなく――フェラに関しては徹底的に拒否しているが――舐められる。キスは本当に長くなった。僕の口の中は、当麻の感触で埋め尽くされている。
そして、昂ったものを、挿入。出たり入ったりを、じっくりと時間をかけて繰り返す。
「なあ、まだ良いだろ? もう一回、あと一回だけだから」
と言いながら、入れっぱなしで何度も何度も射精する。あまりの回数の多さに、穴から、当麻の精液とローションの混ざり合った液体が滴り落ち、シーツをぐっしょりと濡らす。
もう無理、嫌だと主張し逃れようとしても、腕を掴まれ足を絡められ、離してもらえない。当麻が満足するまで、交わりは続く。
どうしてだろう、求めていたのは僕のはずなのに、求められているように錯覚してしまう。
終えた後、当麻は不思議な表情で僕を見る。見透かし、全部分かってる、と言いたげな微笑みを浮かべる。
何も分かっていないくせに。何も、憶えていないくせに。
きっと僕の勘違いだろう、まるで僕に愛しいと語りかけるような瞳で、僕を見つめるのだ。
僕は、当麻の中の起こしちゃいけない何かを目覚めさせたのではないだろうか?
想像してしまう。いつか当麻が普通に彼女を作って、僕とやっているようなセックスを、彼女としたら。
身体の芯、心の奥底まで奪われ、貪り尽くされるようなセックス。
しつこ過ぎて、怖がられるんじゃない?
この間喋っていた女の子達の中のひとりと、付き合ったりして。で、いざセックス、ってところで、僕のせいで変態呼ばわりされるんだ。
僕が、当麻をおかしくしている。
ふっ、と苦笑する。ぽたた、と水滴の落ちる音がした。ぱたぱたと。落ちる、落ちる。
僕の涙か。何故僕は、泣くのだろうか。
「何で泣くんだ、周央?」
ぼやけた視界で当麻を見る。
知らない。僕が知りたいくらいだよ、当麻。
当麻、当麻、当麻。
混乱した気持ちが、足元を揺らす。教室にはもう、いられなかった。
「……おうくん、周央君。ね、周央君」
普段、誰も来ることのない屋上近くの階段。座り込み、突っ伏していたところに声をかけられた。
顔を上げると何故か、委員長がいる。
「具合、悪い? 保健室、一緒に行く?」
「……ううん、平気」
ちょうど、チャイムが鳴った。
「委員長、次、授業」
僕は構わない。でも、このままだと委員長がサボりになってしまう。
「いーのいーの。大丈夫だから」
隣に座った委員長が、背中をさすってくれる。
「この前も聞いたけど……当麻君と斉藤君と、何かあったの?」
「……気にしないでって、言ったのに」
「気になるわよ、私、委員長だよ? 最近ふたりと少し距離を取ってるし、顔色も、ますます悪くなってる。
それに、遅刻と欠席が多いでしょ? 末田先生が、それとなく探って来いって」
委員長は、真っ直ぐに僕を見ている。当麻とも、斉藤とも違う視線。柔らかく優しい。女性、だからだろうか。
僕がぼうっとしていると、
「はあ。ほんと、あんな野暮天の、どこが良いんだか。周央君の気持ち全然分かってないじゃない」
「違う、当麻は何も悪くない、僕がっ……」
慌てて口を噤む。まずい、名前を言ってしまった。
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「えっ!」
もしかしてこれ、嵌められた?
「周央君、当麻君のこと好きなのよね」
僕は慌てて腰を浮かし立ち去ろうとして、だけどぎゅ、と袖を掴まれてしまった。
「ね、大丈夫。私、そういうの偏見無いから。誰にも言わない、内緒にする。だから、話してみて。
ずっと、誰にも言わずに、心の中に閉じ込めてきたんでしょう? どこかで少しでも吐き出さなくちゃ、辛いだけだわ」
大人しく、委員長の隣に座り直した。でも、言えない。言えるわけがない。僕は黙り込んだ。
沈黙した僕をしばらく眺めていた委員長は、
「じゃあ、おまじないしたげる。おばあちゃんがよくやってくれたの」
僕の手を両掌で包み込み、揺らし始めた。
「小鳥が飛んで、持っていく
お前の痛みを、持っていく
ぱっくり咥えて、連れていく
飛んで飛んで、飛んでいく
お空の遠くへ、ほほいのほーい」
手が温かくなる。ほうっ、と溜め息が出た。
「どう、面白いでしょ? おばあちゃん、こういう不思議な歌、よく歌ってくれたんだ。で、ほんとにちょっと、違ってこない?」
微笑みながら、僕の手の甲をぽんぽんと叩く。
「委員長、お母さんみたいだね」
委員長は、はっと息を飲む。上を向きながら、
「あー……それ、言うならお姉ちゃんでしょ? こんなに大きい子ども、もった覚えないって」
笑った拍子に、ぽろりと零れ落ちたものは、僕が確かめる間もなく綺麗に拭き消された。
「よおし! 周央君は特別、ひばり、って呼んで良いわよ!」
「えっ」
「私の名前。|青野《じょうの》ひばり」
頭を優しく優しく撫でてくれる。やっぱり、お母さんだ。
「ひばりさん」
「えーやだ、さんづけ?」
「……素敵な名前だね。春を告げる鳥、だ。おばあちゃんが、名付けてくれたんじゃない?」
うん、うん、と頷いた拍子に、委員長の目から、今度ははっきりと涙が落ちる。委員長は、きっと少しだけ、僕の事情を知っているのだろう。末田先生あたりから聞いたのか。
当麻と斉藤の、なんとなく察して、そっとしておいてくれるのとはまた違った優しさだ。
自分で説明しなくても、事情を分かってもらえているという、安心感がある。
「ね、周央君の気持ちが少しでも楽になる方法、探そう」
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