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It’s too late to be sorry 謝っても、もう遅い1

 当麻は、あー! と叫びながら、ベッドへダイブした。 「やっぱり……やっぱり? いいや、いや違う、ん? 違わなくない? ない?  あ、俺、日本語おかしいな、いや、行動がおかしい。つか、ああっ、何だこれ、俺、くそっ! アホだな……おお? おおおおっ? う、うわっ!」  青くなったり赤くなったりしながら、当麻はベッドの上をごろごろと転げ回る。 「セバスっ!」 「ああ、はい、これは恐らく、記憶が一気に戻られているようです……ああっ」  僕とセバスは当麻の周りをうろうろして、不測の事態に備えようとしたけれど、僕もセバスも、魔法を自力で解いてしまった一般人など初めて見るので、何が起こるのか想像もできない。対処できなかったらどうしよう。どっと冷や汗が出る。 「これ、どういうことだろう、僕の魔法のかけ方が間違ってた?」 「間違ってはおられません、マスター。つい先程まではちゃんとお忘れになっていましたし、妙な症状も出ていませんでした。  以上のことから、マスターの魔法に誤りは無いと考えられます」 「じゃあ、何故……」 「そうですね、恐らくですが、当麻様ご自身の力でしょう」 「当麻自身?」 「はい。いくらマスターの魔法が完璧でも、何度も同じ魔法をかけると、かけられた相手にかなりの負担がかかることはご存知でしたよね? 副作用の発現率が高まります。  繰り返し魔法をかけられていた当麻様は、しかし特に副作用も見受けられず、先刻までごく普通に生活されておられた。つまり、魔法に対する耐性が高い、のかもしれません」  突飛な話に、頭がなかなかついていかない。魔法に対する耐性? 「マスターが定期的に魔法をかけたことにより、耐性が鍛えられた、という可能性も考えられます。元々、という線もありますが……恐らく、鍛えられた線が濃厚かと」  え、僕のせい? ベッドの上でいまだに転がり、ぶつぶつ呟く当麻を見て、僕は目の前が真っ暗になる。 「マスター、そう落ち込まないでください! もし鍛えられた線が正しいとしても、そもそも当麻様ご自身に素質と精神力がなければ、魔法への耐性が上がることなど有り得ませんから!  ……そして強い意志を持たれ、耐性も相まって、最終的に、魔法を破るに至った、と考えるのが自然ではないでしょうか」  何だかとんでもない話になってきた。 「最初に申し上げましたが、この方の心は、大変しなやかで強く、自由です。そして魔法への耐性を持たれた。そんな方が確固たる意志を持てば、確かに魔法を破ることも有り得るかと」 「確固たる意志って……」  セバスは耳を後ろに向け、尻尾を股の間にするりと収める。 「あの、恐らく、ですよ? 怒らないでくださいね」 「……何?」 「これぞまさしく、あ、愛の力かと」 「あっ、愛!?」  僕の大声に、ひえっ、とセバスが一歩下がった。 「セバスお前ふざけんなよ! そういうセリフは当麻を説得する為にお前が使ってた常套句だろ、僕にまで使うな!」  当麻が、愛?  愛、という言葉に飲み込まれて、勘違いしそうで嫌になる。 「いえっ、これはわたくしのざっとした見立てでありまして間違いかもしれませんし、やはりきちんと、どなたかに診て頂きませんと……」  ふと、当麻の唸り声と動きが止まり、僕は慌てて当麻に近寄った。  当麻は、あー、と声を出しながら上体を起こす。セバスがすかさず、用意したカップを差し出した。 「……ミルクティー?」 「そうです。紅茶ではなく、カモミールティーがベースです。より落ち着くかと思いまして」  当麻はカップを受け取り、一気飲みする。 「あー美味い、ありがとな。それからごめん」 「はて、何のことでしょう?」 「さっき。うっせーとか暴言吐いた。小突いたし。前もやってたよな、ごめん」 「いえいえ。マスターの口の悪さと横暴さに比べれば、大したことではありませんよ」  セバスが、こちらを見遣る。ぎろりとにらみ返してやった。 「それにほらっ」  セバスは慌てて僕から目を逸らし、当麻に向き直る。 「「愛ですから?」」  はっはっはっ。  何故かふたりで声を揃え、大口を開けて笑い合う。  もうっ、それどころじゃないだろ!  僕はベッドに膝立ちで乗り、当麻ににじり寄る。 「バカ! 笑ってんじゃねーよ当麻、お前」 「え、何、どうした?」 「身体、大丈夫なのか? 痛みとか違和感は? 気分悪くなったりとかしてねーのかよ?」 「ん? ああ」  当麻は腕を曲げたり手をグーパーしたり、腰を曲げ伸ばしたりして、 「うん、別に何ともないな」  いたって穏やかな返答。 「ほんとに? いま転がってたのは、大丈夫?」 「ははははは、毎回忘れてたせいで俺、何度もバカみたいに同じようなことしてたんだって認識したのと、すんげー刺激が強い映像と感覚の数々に悶絶してただけだけどそれがどーした」 「……ごめん、本当に、ごめん」  下を向いた僕の頭に、ぽんと手が乗る。 「いや、俺マジで何か恥ずかしい方向に進化してるというか。まあ、周央が俺の身体に、いろいろと刷り込んでるのは理解した」  顔全体と、耳が熱くなる。恥ずかしい奴。 「擦り込むって……擦り込んできてたのはお前の方だろ」 「違う、刷り込み違いだ! 『突っ込む』以来の聞き間違いだな!  あー、一回目か、一気に思い出しても、時間の経過って認識できるのな。ちゃんと懐かしく感じる。つか、周央ってマジでエロいよな!」  当麻は、はっはっは、と笑っている。 「……ほんとに、ほんとにこの部屋の中で起きたこと、思い出したの?」 「うーん、全部かどうかは自信無いけど。思い出した」  じわじわと、実感が湧く。当麻はいま、僕と同じ記憶を、思い出を共有している。ふたりだけの出来事を思い出している。  どうしよう、想定外だ。もうやめようと、やめたいと思ってたのに。 「何で、何で何で何で!? きちんと記憶を消してたのに!」  悔しいのに、混乱するのに、ダメなのに。涙が出てきた。 「当麻のっ」  どうして僕は、こんなにも嬉しいんだ! 「アホバカ間抜け何で今更、全部? 全部思い出しちゃったのかよ何でいまなんだ、お前は……お前なんて」  魔法に対する耐性? 意志って何!? もう嫌だ! 「絶倫、超絶倫、体力バカのエロガッパ! ドS! 万年発情期! 僕なんかが気持ち良くなるの見て、よくおっ勃てられるよこの変態! 何で思い出してんだ、エロいから? 心の奥底からエロいからかよ意味不明なんだよ! 時々っ、すげえ満足げな目で見てくるし! キモいんだよ何を分かった気になってんだよキモい! ちんこ折れちゃえ、もげちゃえ、腐っちゃえよ!」  当麻は、じっと僕を見つめている。  思いつく限りの罵声を出し尽くして、はぁ、はぁ、と息を吐いていると、 「口が悪い!」  それでも、当麻は笑った。僕を優しく抱き寄せ、背中をぽんぽん叩く。 「前から思ってたけどほんっと、顔に似合わず口悪いよなあ。こんな美人から絶倫とか聞かさせると、一種のプレイにも思えてくるんだけど、執事に怒られたりしないのか?」 「あああ、そこじゃないぃ」  僕は頭を抱えた。 「いえ、しつこく申しておりましたが一向に改善されず」 「無視して会話か! つか黙れセバス!」 「……ん? ちょい待てまさかとは思うが、お前の名前、セバスチャン?」 「左様でございます」 「安直だな」 「安直だよ悪いか!」 「いやいや、やっぱ執事といえばセバスチャンだよね」  当麻の笑いが止まらない。  やっぱり、笑うんだ。全部思い出した後でも、笑えるんだ。  どうしよう。目の前に漂う穏やかな空気が、心地良い。勘違いして、この雰囲気に溺れてしまいそうだ。困る、こんなんじゃ困るのに。

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