17 / 33
It’s too late to be sorry 謝っても、もう遅い2
「なあ、周央は魔女なんだよな? いつも聞けなかったり、話せなかったことがたくさん、あるような気がするんだ」
当麻は、ヘッドボードに大きめのクッションを置き、背中を預ける。当たり前のように自分の太腿をぽんぽんと叩き、僕を誘う。以前も思ったが、当麻は後ろから抱っこしながら座るのがお好きなようだ。
僕を迎え入れる為に広げられた腕を素通りして、当麻の隣にクッションを置いて座る。
「周央、男じゃん。魔女って?」
「口とんがらせないで、全然可愛くないから……
女神を信仰することや、信仰している女神の力を借りた魔法の業 のことをウィッチクラフト、って言う。そしてウィッチクラフトを行う人のことを、魔女、って呼ぶ。
魔女は必ずしも女性のみがなるものじゃない。男性もいる。現に僕の所属してるカヴン……団体は、全員男。珍しいみたいだけど」
なるほど、と当麻は頷く。
「何人くらいいるんだ?」
「僕が所属してる『森と結界の守護者』は七人。親に当たるカヴンが海外にあって、その子カヴン、僕ら孫カヴンで、ひとつの宗派を構成してる。全部合わせたら結構な人数になる、らしい」
「らしい?」
「僕、まだひよっこで、サバトみたいな大きな集会には出たことないから、全体像が掴めてないんだ」
「周央、まだひよっこなのか?」
「うん。自分でまだ、詩を作れたことがない」
「詩?」
「即興の、詩だよ。魔法陣を発動させる時に、助力を乞うために、詩を詠って女神に捧げる」
「もしかして、あの、音つけて歌ってる、呪文みたいなやつのこと?」
「そう。見習いの間は、同じカヴンの先輩方の詠 いを参考にして、真似たり、応用したりする。宮野さんって人がいるんだけど、あの人のを参考にすることが多いかな。優しい感じがするし、波長に合う気がして。
一人前になると、定型の詩ばかりじゃなく、オリジナルの詩を詠ったりするんだ」
ふと、思い出した。
「恭一郎さんから『本当の願いや祈りは、その身のうちからしか出ない。自分の詩を詠えないのは、まだ本当の願いや祈りがないからだろう』って言われたことがあるな……ね、こんな話聞いてて面白い?」
「面白いよ、全く知らない、周央のことが聞けるんだから。落ち着いて話せるしな。じゃあ、この部屋どうなってんの? どういう仕組み?」
そうか、これは僕を落ち着かせる為の会話ってことか。
「……魔法陣を三つ、この倉庫を囲むように設置してる。元の倉庫を保護する陣と、辿り着けないようにする戻しの術系を編み込んだ人避けの陣、この部屋を維持管理する陣」
「あの、想い合うふたりしか入れないってのは?」
「あー、あれは嘘」
「なんだ、んじゃ誰でも入れ……てねえじゃねえか、どゆこと?」
「それはですね!」
ここぞとばかりにセバスが話に割って入る。
「もちろん、マスターと当麻様だけが入れるよう、魔法陣を設定しているからでございますよ! なかなかここまでできる御仁はおりません! なにしろひとつの結界を発動、維持するだけでも相当な魔力を消費しますのに、このような複雑な魔法陣を、この規模で複数! 更にこの部屋でのわたくしの姿の維持、控えさせている諸々の魔法陣等を考えますと、マスターはまさに天才かと」
セバスは何故こんなにも興奮してるのだろう。
「うっせーぞセバス途中から入ってくんな!」
「へー、お前のご主人、凄えんだな」
「はい、もちろんでございますよ当麻様」
「美人で可愛くて」
「天才です」
ふたりでにやりと笑い合う。ああ、何だかこの部屋の変態度が、一気に上がった気がする。
「じゃあ俺の記憶を消す時は“控えさせている諸々の魔法陣”の内のひとつを発動させてたってことだな。
何で、俺の記憶を消す? あ、いや待て、俺、この質問の回答、もしかして聞いたことある?」
「え?」
「いや、だってさ。たぶんこれ、俺にとって結構重要な質問だし、何度も聞いてるだろ。回答もらった記憶がないからって、おんなじこと聞くとか、申し訳ないなって」
「お前……ほんっとにバカじゃないの!?」
忘れさせられているのに、申し訳ないとか。やっぱり当麻はひたすら、当麻だった。バカ優しい。
「……言ってないよ。たぶんいま、当麻の頭は、記憶の蓋が全部開いてる状態だと思う。そうであれば、お前が思い出せる全てが、ここで起きた全部だ。僕との思い出の、全部」
言葉にして、改めて衝撃を受ける。
そっか。記憶を消したのは僕なのに、忘れ去られていることに僕自身が傷ついていたのか。
それで、辛かったんだ。
僕だけが一方的に重ねる記憶が、時間が、愛が、嫌になった。
なのにいま、気持ちが通じ合っているかはともかく何度も身体を重ね、愛した当麻が、受け入れてくれた当麻が、その記憶を持って目の前にいる。望んでいた当麻が、いる。
だからあんなに嬉しかったのか。
いやダメだ、喜んじゃダメだ。こいつを元の世界に戻してあげなきゃならない。普通の未来が待つ、元の世界へ。
僕が喜んでどうすんだ、バカ!
涙が落ちる。どうせ失わなくてはいけないのに。
はあっ、と当麻が溜め息を吐いた。
「まーた泣く」
セバス、タオル。と当麻に指示され、セバスはすかさずタオルを差し出した。当麻は向かいに移動して、濡れているところを、擦らないようにそっと拭ってくれる。
「目ぇ腫れるぞ? 可愛い顔が台無しだ」
「記憶を、消す」
やっぱりそれしかない。僕にはそれが、精一杯の答えだ。
「またかよ。何で消す? 理由は?」
目が合って、僕は視線を逸らした。
「お前はいつか、誰かと恋愛をするだろう? 女の子と。そうなるべきだし、こんな、僕とのこと……」
憶えていても、何にもならない、先はないのだ。
「ん?」
「だから消す」
「おい、それじゃ何にも伝わってこないよ、ちゃんと言え」
「ヤダ」
「言わないんなら、消すな」
「ヤダ」
「おい周央、そんなくっそ可愛くヤダヤダ言えば、いつでも通ると思ってんじゃねーぞ」
くっそ可愛く?
「また、頭がおかしく」
「なってねえよ! 全部分かったからこうなってんの。なあ周央……」
「もう、黙れ」
僕は、キスで唇を塞ぐ。でも当麻は、更に言葉を重ねた。
「周央、俺のこと好きなんじゃないのか? それで俺のこと、この場所以外では避けてたんだろ? ここでのことがすっげー恥ずかしかったのと、俺の記憶、勝手に消してたの、申し訳ないって、辛いって思ったからだろ。だったら、忘れさせるなよ」
涙がぶわわと溢れ、視界が歪む。避けていた理由を、気持ちを完全に知られてしまった。
「ヤダっ」
「同じようなやり取り、もう何回目だ? 五回目くらいだっけ」
「ごめん。今度こそちゃんと、きちんと、綺麗に忘れさせるから」
好きでもない、しかも相手は男。同情だけで、無理矢理セックスなんてさせてごめん。
いつか、当麻は何処かの女性と幸せになるんだ。僕とのことを全部、綺麗さっぱり忘れて、僕の知らない何処かで、幸せに笑って暮らす。
いまは、僕の我儘に付き合ってもらっているだけなんだから。元に戻さないと。
「ごめん、お前の為だから」
「は、忘れさせるのが? ああ、また泣く! なあ、どうしたら泣き止んでくれる? 泣いて欲しくない、笑ってて欲しいんだ、周央」
当麻はタオルを掴み、また僕の頬を拭おうとする。
「僕のことなんか、放っといて」
僕は掌で当麻の腕をぐいと押した。
「セバス、今日は三番目のカゴに入れた石と、八の魔法陣を使う。準備を」
「……承知致しました」
セバスの返事が遅い。これは後で、お小言のパターンだ。
「ちょっと待て、俺の話も聞け」
「ヤダ」
「またヤダか! おい聞けよ」
僕は口を開く。効果を強める為、両手で地面に触れる。風の魔法なら、当麻には触れなくてもいけるはずだ。
「聞けって!」
「風を起こし
吹き飛ばし、消し去る
大気を司り操る女神よ
力強き翼を持ち
舞い、昇り
空を支配する男神よ」
ひゅるりと細い風が頬をなめる。
「良いぜやってみろよ! 何度だって、同じ結論を出してきたんだ! 俺は必ず……」
「……
我、周央直、大地の女神に恩恵を授かりし
森の守護と結界の担い手の名において」
当麻は、魔法の力で強制的に目を閉ざされる。風の力でふわりと身体が持ち上げられ、ベッドに降ろされた。
「……心の安らぎを彼の者へ」
詠い終わり、眠りに落ちた当麻の頭を撫でる。
「風を頼られたのですね」
セバスがベッドの脇に立つ。
「元来、土も森も、忘却魔法には向いておりませんからねえ。しかし風は、マスターの属性ではないのですから」
「効きが悪いのは理解してる。使ったこと自体、あんまないし。でも、いつもので突破されたのなら、別の方法を採らないと」
「マスター……直様」
セバスの声が、いつもより大きい。これは、怒っている。
「お小言なら聞かない」
「当麻様の言葉に、耳を傾けては如何ですか? 先ほど申し上げましたように、この方は……」
「それ以上、何も言うな」
「直様!」
「もう、終わりにするから」
これ以上取り返しのつかないことになる前に、カヴンで全部話して、ここから、当麻から離れよう。
眠りについた当麻の額に、小さくキスをした。
これで、お終いだ。
ともだちにシェアしよう!